Coco2

□読め空気
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「へぇ、いいんじゃない」

放課後の運動場ガンマにて。スポーツドリンクを流し込んだ心操がすげなくそう言って、ユキがその背中を小突く。2回目の特別訓練、小一時間の組手とフィードバック(ユキが言語化したアドバイスをするのは非合理的だったので、心操が自分で挙げた課題を実戦で教えていくというスタイル)を終えた後のことだ。

「興味なさそ〜、そっちが聞いてきたんじゃん」
「別に興味無くないけど…見に行くよ」

文化祭の話題から、A組は何をするのか聞かれたので「ライブ兼ダンスホールで皆が楽しむ空間提供」とユキが答えたのだ。彼が見に行くと言ったら本当に見に来てくれる人なのは知っている。故に純粋な「見に行くよ」という優しさに、ユキは口ごもってしまった。

そんなユキのリアクションに違和感を抱いたらしく、心操が片眉をあげてこちらに向き直る。

「何、嫌だったの?」
「嫌っていうか…こう、喉に小骨がつっかかってるような?」
「なにそれ」

誤魔化すようにユキもスポドリを流し込んで、いわし雲が浮かぶ秋空を見上げた。出し物決定の翌日、教室は曲や演出のアイデアで盛り上がっている。ユキも会話には加わっているものの、イマイチ気持ちが追いつかないままだ。心操は続きを急かすわけでもなく、黙って隣に腰を下ろす。

「…ほら、雄英がいきなり全寮制になったのってヒーロー科の襲撃がきっかけじゃん。他の科の生徒に迷惑かけちゃったの申し訳ないから、ストレス発散の場を作ってお詫びしたいよねみたいなお題目なわけよ」
「あー…」
「どう思う?」
「…ヒーロー科らしいなと思う」

似た者同士の自称捻くれ者だからこそか、心操はユキの考えが読めてしまったらしく、苦笑いを浮かべる。A組の教室のあの空気の中ではとても吐き出せない気持ちが、心操にはすらすらと言えてしまう気がした。

「私が普通科でさ、実家に年の離れた妹と可愛がってる猫とかがいて、地元にいっぱい友達がいる子だとしてよ?」
「え、うん。…猫飼ってんの?」
「例えばの話。超頑張ってヒーロー科受験したけど普通科で受かって、体育祭ヒーロー科ばっかでクソうぜぇなでも普通科も楽しいしこれから高校生活頑張るぞ〜!って思ってた時にね」
「無駄なリアリティ…」
「一回襲撃されたのに懲りずに林間合宿やってまたヒーロー科が襲われたから全寮制にしまーすハイ来月から実家出て!って言われたらどう?」
「……」
「めちゃくちゃキレるっしょ普通に」
「まぁ、その例えならね」
「でしょ!」

青空を振り仰いだまま、ばたーんと地面に寝転がる。

「…ムカつくもん。そんな奴らに『君達のためにライブやるから楽しんでね』とか言われても、はぁ?どの口が言ってんの?って思うよ」
「捻くれてるなぁ」
「だからそうだって言ってるじゃんよ」

隣から聞こえてきた声がなんだか楽しげで、じとりと睨むと心操は口元を押さえて視線をそらした。タオルの下の口角が僅かに上がっている。このやろう。

(だってみんな、お気楽すぎるんだもん…)

教室じゃ言えないけど、こればっかりはユキも間違っていないと思う。他科に申し訳ないという気持ちも、そのために何かしたいという意思も、心操の言う通りヒーロー科らしい*ヘ範回答だ。皆あまりにも根がヒーロー≠ナ性善≠キぎて、だからこそドロドロした人間の汚い感情が見えてない。

「まぁでも、そんなに怒ってる奴ばかりでもないと思うぜ」

心操も後ろに手をついて空をふり仰ぐ。

「実際今の話聞いて、俺は楽しみだと思ったし」
「そりゃ…心操はいい子だし」
「いい子はやめて。捻くれ者同士だろ、分かるよ」

そう言った心操の菫色の瞳に雲が映る。なんとなく、緑谷を思い出しているような気がした。

体育祭の騎馬戦でユキと組んだあと、心操はトーナメントで緑谷と何やら言い争っていた。結果は敗北だったが、きっと轟と同じように緑谷に何かを変えられたのだろう。受け取って、飲み込んで、心操はヒーロー科を諦めず、こうして特別訓練まで組まれて編入の一歩手前まで進んでいる。

「…あ、そういえば」
「ん」
「体育祭のあと、絡んできた普通科の人たちに謝られた。心操の試合見て恥ずかしくなったって言ってさ」
「え、なにそれ」
「入学式の日にちょっと…あってさ、あの、うぅ…?」
「紆余曲折?」
「それ」

逆恨みで理不尽に絡まれて(不本意ながら)爆豪に助けられ、そのまま会わないことを祈っていたら、向こうからわざわざ謝りに来た。自分の事でいっぱいいっぱいだったユキは気の利いた言葉もかけられなかったが、きっと勇気のいる行動だっただろう。

歩み寄ってくれる人がいるのはもう知っている。ミルコみたいに、実際に行動を起こせば信じてもらえる事があるのも分かっている。クソガキだった間瀬垣小の子供達だって心をを開いた。口田の言う通り、関わることを諦めてしまっては何も始まらない。気持ちは伝わるという事を、ユキは雄英に入学してから何度も体験しているはずだ。

そこまで思い出して、あの日の刑事の顔が影のようにそれを覆った。

『−−−誰が信じるんだよ、君の言葉を』

(……あぁ、だめだ)

どうやっても崩せない拒絶≠フ存在も、ユキは痛いほど知っている。どれだけ伝えようと努力しても、繋がりを願っても、そんな理不尽がこの世にはゴロゴロある。

正しくヒーローであるA組の皆にだって、そんな理不尽は降りかかるだろう。少しでも他科の笑顔に繋がればと力を合わせて頑張った友人達が、伝わって欲しいと願った相手に心無い言葉をかけられるのだ。耳郎は、皆は、どんな顔をするだろう?想像しただけで、どす黒い感情が腹の中で渦巻いていく。

「…そもそも!好きで襲撃されたわけじゃないっつーの!」
「うわ、」

飛び起きた勢いも乗せて叫ぶと、心操がびくりと肩を上げる。

「恨むなら敵を恨め!A組の皆は何も悪くないんじゃー!」
「俺にキレないでよ…」
「心操にはキレてないよ!八つ当たりをしてる!」
「そんな正々堂々とした八つ当たりある?」

苦笑した心操が「そろそろ再開しよう」と立ち上がった。そして振り返り様に思い出したように口を開く。

「なんか同じ事言いそうな奴いるけど、何も言わないの?」
「え?」
「爆豪」

核心を突くような言葉に、ユキが黙り込む。そう、捻くれ者で性善説とは程遠い、性悪論者というよりはリアリストであるクラスメイトがもう一人いるのだ。決定した出し物については補習組にも共有されているし、爆豪が知らないはずがない。しかし当人はこの『他科のための企画』について、今日一日何も触れていないようだった。

「…知らない」

聞いてみようか。仲良く共感してほしいわけじゃないけれど、こんな疎外感を味わっているのは自分だけじゃないと思いたかった。



◇ ◇ ◇



なんて思っていたのに。

「か…完ペキ」
「すげェ!」
「才能マンキタコレ!!」
「……マジ?」

特訓を終えて寮に帰ってきたら、共有スペースで爆豪が完璧なドラム演奏を披露しているところだった。シンバルの余韻が響く共有スペースの入り口でユキが呆然と立ち尽くしていると、気付いたクラスメイト数人が「おかえり〜」と声をかけてくれる。

「何がどうなってこうなってんの…?」
「バンドメンバー決めてる!」
「で、今爆豪がドラムに決定したとこ」
「うっそぉ!?」

まさか乗り気だったのか、あの爆豪が。あんたそんなキャラじゃないじゃんというツッコミを皆の期待値爆上がりな顔を見て飲み込んだところで、爆豪がくるりと背を向ける。

「…そんな下らねーことやんねェよ俺ァ」

唸るような声。大抵いつも不機嫌な爆豪が、特に不機嫌な時に出す声のトーンだった。

「爆豪お願い!つーかアンタがやってくれたら良いものになる!」
「なるハズねェだろ!」

呼び止めた耳郎、そして後ろのクラスメイトをぐるりと睨んで、爆豪が舌打ちする。

「アレだろ?他の科のストレス発散みてーなお題目なんだろ。ストレスの原因がそんなもんやって自己満以外のなんだってんだ」
「………」
「ムカつく奴から素直に受け取るハズねェだろが」
「ちょっと…そんな言い方…!」
「そういうのが馴れ合いだっつってんだよ!」

共有スペースに重苦しい空気が流れる。強烈な正論に、勇足だったクラスの雰囲気が膠着した気がした。言い方はだいぶ、いやかなりキツいが、爆豪の意見は逃れようもない現実なのだと皆が気付いたようだった。

(…よかった)

そんな独り言が頭をよぎってハッとする。

よかったって、何がだ?爆豪も同じ事を思ってて安心した?皆が現実に気づいてくれて?それで、少しでも誰かのためになればと皆が一生懸命考えたアイデアが、頓挫しそうでホッとした?…そんな嫌な事を考えるくらい、私は?

自分の考えの醜悪さに愕然と立ち尽くすユキの思考を断ち切ったのは、他でもない当事者≠フ声だった。

「俺たちだって好きで敵に転がされてんじゃねェ…!」
「……」
「なンでこっちが顔色伺わなきゃなんねェ!てめェらご機嫌取りのつもりならやめちまえ!」

爆豪の右手が親指を突き出し、ゆっくりと首元に添えられる。

「殴るンだよ…馴れ合いじゃなくて殴り合い…!」
「……!」
「やるならガチで−−−雄英全員、音で殺るぞ!!」

その親指が首を横切り、爆豪が叫んだ瞬間、クラスがワッと喝采に沸いた。

「バァクゴォオオ!!」
「理屈がやばいけどやってくれるんだね!!」
「よっしゃ才能マンがくりゃこっちのもんだぜ!」
「他!他の楽器も決めよう!」

爆豪は宣言するだけしてとっとと踵を返した。そんな唯我独尊ぶりにはもう慣れたもので「曲決めの時は参加しろな〜!」と上鳴が声をかけたが、反応する事なく爆豪はエレベーターに乗り込んだ。

その背中を追いかけようとして、踏みとどまる。

(…だから、ずるい…!)

共感を得る?同じ考え?とんでもない、爆豪はユキよりずっと先にいる。敵意も拒絶もどうしたって立ちはだかると知っていて、ユキは二の足を踏むだけだったけれど、爆豪はその全部に打ち勝つつもりでいる。ご機嫌取りも詫びもやってたまるか、文句なんて言えないくらいのクオリティで、問答無用で楽しませてやるのだという。

入学してからずっと、ユキは爆豪のこういうところが羨ましいのだ。

その後補習組も合流して、バンド隊と演出隊、そしてダンス隊の割り振りがどんどん決まって行く。ユキは問答無用でガールズダンサーズの一員にされた。楽器は未経験だし(たぶん楽譜の読み方が覚えられない)演出に使える個性も持ってないし、単純に体を動かせばいいだけの役割なのは助かった。

「猫堂…っふ…ボーカルでもいいんだよ…」
「…ラップか?耳郎の横でラップやればいいんか?」
「ブッフォ」
「お茶子ちゃん、笑いすぎ」

荒唐無稽なチームコンボから現実的な演出案まで、ここまで土台ができあがってしまえば後は盛るだけだ。再び加熱するアイデア合戦に参加しながら、先ほど脳裏をよぎった独り言を頭から振り払う。

(爆豪みたいに思えばいいんだ…爆豪みたいに…)

必死に言い聞かせていた。自覚してしまった自分の感情は、絶対に表に出してはいけない。轟は持ってちゃいけない感情なんか無い≠ニいってくれたけど、言ってはいけない♀エ情は確かにあるのだ。

やりたくない、なんて、今さら言えるか。



act.144_読め空気


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