Coco2

□stand alone
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口田は言った。苦手意識とか無理かもしれないとかそういうのは二の次で、まずは相手を知って、自分の事を知ってもらおうという気持ちが大事なのだと。そうすれば相手も、心を開いてくれるかもしれないと。確かにその通りだ。最初から関わることを諦めてしまったら、何も生まれない。

それでも。
それでもだ。

「今って何流行ってんの?やっぱプリユア?」
「……」
「私の時代は2人組だったんだけど今5人くらいいるよねー」
「……」
「あ、つーかアニメとかもう見ない?子供っぽいかそっかぁ」
「………」
「………」
「………」
「…あの、もうフリでもいいんで仲良くしてもらっていっすか…」

こうも相手にその気が無い場合は、どれだけ頑張っても無理じゃなかろうか。

『閉ざしてしまった子ども達の心を協力して掌握せよ』、そんなアバウトなテーマが今回の補講の課題らしい。しかし初っ端の浅い笑顔が完全に逆効果だったようで、総スカンを食らっているユキは今や児童相手に下手に出ている始末だ。

他の4人も似たり寄ったりで、爆豪の原始的かつ暴力的作戦は論外、夜嵐のヒーローを切り口にした歩み寄り作戦も惨敗。轟のクソ真面目自己アピール作戦なんて「つまんね」で瞬殺だった。マイク先生は面白おかしく実況なんか始めるし、子ども達はユキ達のことを見下しに見下しているし、もう帰りたいこと山の如しである。

「ぬあぁあぶん殴りたい腹立つぅ…!」
「暴力は駄目だぞ猫堂」
「分かってるよやらないよ原始人(爆豪)じゃないんだから!」
「脳みそ旧型の人間に言われたかねんだよ…」

そして、小学校低学年児童に良いように遊ばれている高校生5人は改めて額を寄せ合い、作戦会議を開く。

「ねー3人ともさっきからフツーにやってる感じだけど」

ユキと同じく女子から総スカンを食らっているケミィ先輩が手を挙げる。

「個性≠ナしっかり私たち見せた方がテットリバヤクない?」
「俺もそれを言おうとしてたんだ!」
「ウッソマジキグー」
「見せてどーすんの?すげーだろ!ってやんの?」

そんな事しても反感を買って終わりだろう。指摘したユキに4人分の視線が突き刺さり、爆豪がどこかの地元のヤンキーさながらに顎を突き出してこちらを睨む。

「あー?さっきからテメェ人のやる事なす事ケチつけやがって、良い御身分じゃねーか」
「少なくともアンタの吊し上げ石投げ作戦は無いよ。動物の群れが序列決めるやつじゃん、ここはサバンナでも動物園でもないんだよボスザルッチャン」
「だぁーれがボスザルじゃ!なら自分はなんか案あるんか!」
「それは……無いけども」

降ってきたラリアットを視界の端で捉えただけで躱し、爆豪の装備を蹴っ飛ばして好き勝手遊んでいる子供達を見やる。

あの子ども達は、大人より自分達の方が優れていると信じている。洸汰くんのような拒否とはまた違い、そもそも話を聞く気など無いのだ。大人の言うこと全てをシャットダウンする、そんなクソガキの思考には覚えがあった。中学時代、まともに学校にも行かずフラフラしていた時の自分がまさにそうだったからだ。喧嘩も説教も、そもそも耳を塞いでいる人間相手じゃ成り立たない。

そんなユキが漸くすんなりと受け入れられた大人の言葉は、

−−−いいヒーローになれると思ったってことだ。

「…何したら喜ぶのかな、あの子達」
「喜ぶ?」

心の中で呟いたつもりの一言は口からこぼれ出ていたらしく、夜嵐に聞き返される。

「あ、いや…欲しい言葉をもらえるとさ、嬉しいじゃん」
「うん?」
「聞く耳持たない子どもでも、嬉しいこととか楽しいことは、すんなり受け取ってくれるんじゃないかなって…」

病院でのあの相澤先生の言葉は、耳を塞いでいた自分の中にストンと落ち着いた。それはきっと、心のどこかでユキが求めていた言葉だったからだ。認めて欲しくて、許して欲しくて、言葉の中に希望を探した。そしたらいつの間にか友達と過ごす時間が素直に楽しくなって、後ろ暗い過去すら記憶の端に追いやられた(それが良い結果だったかというとそうではないんだけど)。

「まずは耳を塞ぐ手をはずしてもらわなきゃ…あーでもそれをどうするかって話か?ごめん、自分で何言ってんのか分かんなくなってきた…」
「…いや、いいんじゃねえか?」
「へ?」

ぐるぐる思案しているうちにドツボに嵌り、投げ出したところで思わぬフォローが入った。ケミィ先輩と轟が顔を見合わせて頷く。

「こっちから距離詰めることしか考えてなかったな」
「マジ盲点ー、アリじゃんねタノシーの」
「確かに!猫堂さんナイスっスよ!」
「え、え、ごめん何がナイス?」

夜嵐までもが乗ってきて、何が何やら理解できないユキだけが取り残されている。そんな機転の利いたことを言った覚えはない。目を白黒させていると左側から飛んできたグローブがごちんと頬にぶつかった。爆豪は何か言いたげな顔でユキを睨んで、手と視線が離れていく。

「…すげェとかかっけェとか、思わせねえといけねェ。かといって見下してる相手にただ負かされちゃあ、クソみてェな気分になるだけだ」
「………」

鮮やかな赤い瞳は、子ども達を通り越してどこか遠くを見ていた。その先に緑のもさもさ頭が蜃気楼のように揺れて見えた気がした。

(爆豪…)

経験に基づいた言葉だ。緑谷に対して抱いていた劣等感、オールマイト終焉への自責の念、あの夜爆発させた感情−−−なんだってこの男は、自分のこととなると何も言わずにいつの間にか飲み込んでいるのだろう。ホッとしたような、それでいて置いていかれるような焦燥感に駆られる。

「猫堂、これでいいか?」
「へっ!?」

いつの間にか作戦会議が終わっていたらしい。轟が顔を覗き込んできてユキが飛び上がったその瞬間、体の片側からざわりと悪寒が這い上がる。

「見せてやるぜ!俺たちの方が上だってよ!!」
「!!」

明確な敵意、攻撃意思−−−子ども達の個性がこちらに向いていた。

「ちょちょ、おいおいおい…!?」
「ハッ、好都合だ…来いやガキ共!相手してやるぜ!!」
「やんのぉ!?」

いつの間にやら轟と夜嵐も迎撃態勢を取っている。暴力はしないんじゃなかったのか、慌てている間に黒いボールのようなものが顔を掠めた。間髪入れず粉塵で視界を奪われ、奥から絶えず何かが飛んでくる。

視界を奪っているのは埃だ。逃げる必要無しと判断したユキは、目の前に飛んできた攻撃を三節昆で弾き飛ばした。すぐに埃は風に飛ばされ、同じく攻撃を防いだ爆豪、轟、夜嵐が隣に並ぶ。

「人様に躊躇なく攻撃するたァ…だいぶキてんな!」
「ヒーロー志望相手なら何してもかまわねぇと思ってそうだ」
「俺はもう講習とか抜きにこの子らと仲良くなりたい…!」
「いやもうコレいよいよ無理じゃない!?」

実際に攻撃されてしまったら、対抗するほかない。隣に視線で助けを求めると、爆豪の赤い瞳がまっすぐ子供たちを見ていた。

黙って見てろと言われた気がして、ユキは言葉を飲み込んだ。



◇ ◇ ◇



爆豪達が考えた『タノシーの』、それは子ども達の個性を利用した巨大な氷の滑り台だった。

「はぁ…疲れた」

迎えのバスが停まっている駐車場までの道のりを、1人でトボトボと歩く。ケミィ先輩も他の受講生も既に着替えて更衣室を出ていってしまっていた。

結果として子ども達は心を開いてくれて、みんなで楽しく遊べるまでに打ち解けた。元来優しい轟や子どもと相性の良い夜嵐は勿論、律儀にリアクションする爆豪も子ども達的にはいいお兄ちゃん的なポジションに落ち着いたらしい。総スカンを食らっていたケミィ先輩ですらあの女子達と連絡先の交換を約束するに至った。流れでユキとも話してくれるようにはなったが、他の4人のオマケ的な感じは否めない。そりゃあそうだ、ユキは滑り台の演出に関わったわけでもなく、その後もどうにも上手く子ども達と話せなかった。

何を話せばいいのか、分からなかったのだ。

−−−いつまでも見下したままじゃ、自分の弱さに気付けねェぞ。
−−−先輩からのアドバイスだ。覚えとけ。

(…ずるい……)

共に戦ってくれる人を得たと思っていたが、そんなのはユキの思い込みだったのかもしれない。爆豪は自分の経験を糧にして、子ども達に伝え導いた。爆豪はもうずっと先を走っているのだ。とっとと消化して立ち直って、追いつく暇も与えてくれないなんてずるい。ユキがそんな風に彼らに伝えられることなんて全然無いのに。信頼できる大人に出会え?周りを頼れ?…全部他人任せじゃないか。

−−−何かあったら男が助けてくれると思ってるタイプよ。

小学生に言われたこの台詞が、思いの外ぐっさりと胸に刺さっている。確かに思い返せばいつだって、ユキは誰かに助けてもらってばかりなのだ。へこたれて泣くたびに、爆豪や轟、先生に助けられている。誰かに手を引かれなければ立ち上がることさえできないのかと、言われた気がした。

「…こんなんじゃだめだ」

両親のことも、いつかクラスの皆に話さなくちゃいけない。その時が来たら「もう大丈夫だよ、心配しないで」と笑っていたい。不安にさせないために、信じてもらうために、ユキは1人でも立っていられなければいけないのだ。分かっているのに、どうしてユキは2歩進んで3歩下がるような歩みを繰り返しているのだろう。戦わなきゃ。強くならなきゃ。

いつの間にか首が直角に曲がるくらい俯いていた。自分のローファーとアスファルトを睨みつけながら歩いていると、ふと長い影が映り込む。

顔を上げて、息が止まる。

「…やっと来たか」

講習の間中スタンドからこちらを見下ろしていたスーツ姿の2人組が、体育館の入り口の柱に寄りかかっていた。ユキの姿を認めてスッと細められた瞳に既視感を覚える。その既視感の正体に気付いて、ぞわりと悪寒が走った。視線に温度があるのだと初めて知ったあの日のことをどうしてすぐに思い出さなかったのか、彼らが纒う雰囲気は公安委員会でもヒーローでもなくどちらかというと−−−刑事のそれだ。

「私のことを覚えているかい?」
「……」

恐らく相澤先生より少し年上くらい、硬そうな黒髪をオールバックに撫でつけた男は、5年前のあの日にユキを病室に連れ戻した刑事だ。どうして今さら、言いたい言葉は形にならずに空気に溶けた。しかしそんな疑問を感じ取ったのであろう刑事は、涼しい顔で肩をすくめる。

「好きでまだあの事件を担当してるわけじゃないんだが」
「…どういう、」
「下らない噂を流しているのは君か?」
「は…?」
「個性終末論、異能解放…父親の研究に再びスポットを当てるには格好のネタだよな」
「……!?」

意味が分からない。個性終末論というのは、世代を経るごとに複雑化し膨張していく個性≠ノいつか人間はコントロールを失うであろうという、ネットミームに近い俗説だ。それが父の研究とどう関係があるのか、そもそもそんな話をどうして今さらユキにするんだ。噂って、何の話だ?

混乱している間に「まぁいい」と刑事は勝手に話を終わらせて、ユキの方に一歩歩み寄る。

「ヒーローを目指しているんだって?雄英とは、なかなか」

刑事が一度言葉を飲み込んで、冷たい視線が真冬の空気のように肌を刺す。

「−−−復讐にしては、よくできたシナリオだ」

ぐさり。
何かに心臓を突き刺された。

「君は愛する父親を殺され、母親まで失い、全てを奪われた。それなのに世の中は君のことを忘れ去った。ヒーローになった暁には、自分が受けた仕打ちを世間に公表する−−−そういう魂胆だ。これは君の、社会への復讐なんだろう」
「……っ」

真っ白になりそうな頭を無理やり引き戻す。聞き慣れた言葉のはずだ。ミルコにもホークスにも同じような事は言われたし、そう思われる自分の立場は承知の上で雄英に戻ってきた。

戦うと決めたじゃないか。理解することも理解されることも諦めないで欲しいと口田が言ってくれて、実際に特田さんは分かってくれた。関わることを諦めてしまったら何も始まらない。爪が食い込むほど拳を握りしめ、戦えと自分を奮い立たせる。

「ちがう…」
「悪戯に社会を混乱させて気持ちいいか?事件の被害者が君の顔を見て、その告発を聞いて、どんな気持ちになるのか考えたことはあるのか?」
「そんなこと思ってない…!」
「誰が信じるんだよ、君の言葉を」

猫堂ユキは、これ以上自分のような人間を生まないためにヒーローを目指している。そのためには強くならなきゃ、一人で立てるようにならなきゃ、早くヒーローにならなきゃ。過去ではなく未来と戦うために、言葉を尽くして伝えなきゃ。

「−−−君をヒーローにはさせない」

1人でも戦えるように、ならなくちゃ。



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