Coco2

□マセガキとクソガキ
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インターン組が帰ってきた翌日。
土曜日、仮免補講の日。

「うっそ、エンデヴァー来んの?」
「おう」

会場の更衣室に向かう途中、どうにも朝から仏頂面の轟を「どうしたの今日拗ねロキくんじゃん」と揶揄ってやれば、無言で突き出されたのはラインのトーク画面だった。トーク履歴を上から下まで流し読んで見上げると、それはもう気に食わなさそうな顔で轟が頷く。その表情の理由は父親への嫌悪はもちろん、タイミングの悪さにも起因しているのだろう。

今日の補講の引率はプレゼント・マイク、そしてオールマイトだ。

オールマイトとエンデヴァー、長年この国のトップを担ってきた2人の関係性は、ヒーローに疎いユキでもなんとなく把握している。エンデヴァーにとってオールマイトはどうしても超えられない目の上のたんこぶ、その並々ならぬ対抗意識は民衆も知るところだ。対するオールマイトは、笑顔を絶やさずいつでも誰にでも朗らか、好感度実力共に絶対的なトップオブトップ。相反するキャラクター性からも相性は推して図るべし、所謂混ぜるな危険≠ニいうやつである。

その拗れた対抗意識の結果が個性婚、そして隣を仏頂面で歩くクラスメイトその人なわけだが、複雑な轟家の家庭の事情は当然ながら世に出ていない。まぁ、あんな話が明るみに出たら、エンデヴァーのもともと低い好感度は地に落ちるだろう。そうでなくても『繰り上がりのNo.1』に対する世間の印象は芳しくないのだ。…確かに、諸々の状況を鑑みるとタイミングが最悪である。

「会わないといいねぇあの2人…」
「オールマイトだけじゃねぇ、あと」
「おーい雄英ー!!」
「…あちゃあ」

元気いっぱいで駆けてきた夜嵐に、轟はため息をついてユキが頭を抱えた。混ぜるな危険、ここにもいた。

「あれっ、2人とも元気無いな!腹イタか!」
「痛いのは腹じゃなくて頭だよ…アンタ今日頼むから大人しくしててね、急に暴れたりしないでね」
「?分かった!」

どうやら夜嵐も過去にエンデヴァーと何かあったらしい。悪い奴ではないのだが、カッとなって試験を棒に振ったあたり不安要素が満載である。そんなこちらの心配など露知らずほけーっとしている夜嵐の後ろから、コツンと床を踏む音が響いた。

「あー何なにちょーいい男じゃん」
「…!」

振り返って、思わずびくりと身体が強張る。

亜麻色のセミロングに、薄い笑みを浮かべるぷるっとした唇、感情の読み取りづらい目。

ささくれだった岩場の影に溶け込むように立つ、黒いボディスーツがフラッシュバックした。


『トガヒミコぉ!?』
『うん…僕らが会ったあの士傑の女子に変身してたんだって』
『仮免試験だよ!?あの場に何人プロがいたと…つーか同級生は!先生は!誰も気付かなかったの!?』
『そういうレベルの個性≠ネんだよ』


緑谷からそんな話を聞いたのはつい今朝のことだ。なんと仮免試験で緑谷とユキに接触してきたあの女子生徒は、連合のトガが変身した偽物だったらしい。事が発覚したのは、先日の事件にも連合が現れたからだという。

存在感というものを空気に溶かして故意に薄くした様な、異様な雰囲気。ユキが気配を察知できなかったのも、真相を知れば納得だった。彼女は本当にそういう風に生きている$l間だったのだ。

士傑女子の真っ黒な瞳が轟と夜嵐を捉えて、最後にユキに向けられた。

「なにこっちはチョーゼツ美少女ー。ヤバ驚嘆〜、美男美女と講習とかマジ恐悦ー。夜嵐なにー超知り合いー?マジ連絡先ー」
「あ、ハイ」
「………」

ギャルっぽい見た目通りの緩い口調で、士傑の女子生徒はスマホを取り出した。当たり前だが随分雰囲気が違う。しかし別人だと分かっていても警戒心が先に立ち、言われるがまま連絡先を交換しようとする轟を止めた方がいいのかユキが迷っている間に、爆豪が隣に追いついてきた。

「オイハゲ、この女この前までいなかったろ」
「ああ!いなかったし俺はハゲてないんだ!」

爆豪が夜嵐を睨み上げる。するとさらに背後から「ケミィ!!」と鋭い声が飛んできた。

「下作である!士傑生たるもの斯様な者など捨ておけ!!」

揃いの制帽を被った士傑生がこちらを睨んでいた。今度は明らかに敵意を感じる。負けじと嫌悪感を露わにする爆豪の袖を、ユキがついと引いた。

「誰?」
「肉。おいテメェ一次で落ちたろ」
「観覧の許可を頂いたのだ!見学!!」
「帰れ肉!!」
「肉倉精児である!!」
「うるさ…!」

爆豪の口が悪いのはいつもの事として、肉倉と名乗った先輩も相当に癖が強い。どうやら試験絡みの歪み合いらしい。どいつもこいつも試験中に何してたんだと呆れていると、不意に視界に士傑女子の顔がドアップで割り込んできた。

「やっば目ぇでっか、ねーそれスッピン?」
「うお、ハイ」
「無理うらやま〜てか肌もキレー、マジ化粧水教えて」
「ケミィさんグイグイ行くっすねさすがっス!」
「オイ、そろそろ着替えねぇと遅れる」
「指図すんな!」

警戒すべきなのか杞憂なのかよく分からなくなってきた。2人加わったことによりさらに騒がしくなった輪の中で、ユキは考えることを放棄してため息をつく。その背中を爆豪がじっと見つめていることには、気付かなかった。



◇ ◇ ◇



「今日も懲りずに揃ったか。あの温い試験にすら振るい落とされた落伍者どもめ」

今日も今日とて、講習を取り仕切るのはギャングオルカである。

「これまでの講習で分かったことがある…貴様らはヒーローどころか底生生物以下!!ダボハゼの糞だとな!!」
「サー!!イエッサー!!」
「声が小さいぞ糞ども!!」
「サー!!イエッサー!!!」

怒涛の罵倒とノータイムの応答。底生生物扱いも糞扱いも講習の数をこなせば慣れてくるもので、ユキ達は既に「おはよう」の挨拶程度に捉えられるようになってきた。自己紹介を終えて隣にやってきた初参加のケミィ先輩だけは、ポカンとドン引きの間くらいの顔でこちらを見やる。

「何言ってんのか分かんないけどコワすぎウケる」
「や、ケミィ先輩の挨拶も何言ってんのか分かんなかったよ」
「マジ?てゆーか講習ってずっとこのテンション?」
「割とずっとこのテンション」
「そこォ!糞が許可なく喋るな!」
「「コワ」」

先輩と綺麗にリアクションが揃う。

前回会った時とは別人だということを理解して話せば、現見ケミィはただの緩い先輩であることが分かった。むしろ、堅苦しい空気が苦手なユキとは波長が合う。「敬語とか無しでオケオケ、マジ仲良くしよー」というお言葉に甘えて敬語は使わないことにした。

今日の補講会場は一般人も使うような都市部の総合体育センターだ。2階のスタンドにはいつものように各校の引率の先生が座っている。その一角、オールマイトとエンデヴァーが並んで座る空間だけがとんでもなく浮いていた。どうやらユキ達の願いも虚しく無事エンカウントしてしまったらしい。

しかし、それ以外にも気になることがあった。

「ねぇ先輩…あれ士傑の先生?」
「えー、知らないよ」
「………」

エンデヴァー達から数列後方、スタンド席に座ることなく通路にただ立っている、見たことないスーツ姿の男が2人。何やら険しい表情で体育館を見下ろしている。

(何見てるんだろ…?)

公安委員会の人だろうか、ならどうしてあんな場所にいるのだろう。いや、纒う雰囲気はどちらかというと−−−そんなユキの思考を断ち切ったのはギャングオルカの怒号だった。

「特に貴様だ!ヒーローになる気はあるのか!?」
「まず糞じゃァねェんだよ」
「指導ー!!」
「あ、」

爆豪が綺麗な放物線を描いて飛んでいった。

「どうしたら糞が人間様を救えるか!!?」
「……肥料とか間接的に…」
「指導ー!!」

次に轟が投げられた(至極真面目に答えたろうに)。

「戦闘力、機動力だけで人は人を称えるか!?」
「サーイエッ」
「指導ー!!」

あまりにも理不尽に今度は夜嵐が飛んでいく。今日も気が触れてるなこの講習、と思っていたら次にギャングオルカがやって来たのはユキの目の前だった。焦点が合っているのか分からない目がユキを睨む。

「そもそも貴様は何のためにここにいる!?」
「……っ」

−−−あなたは何を守りたい?

閃いたのは、隣にいる先輩の皮を被った連合がユキに問いかけた台詞だった。咄嗟に答えあぐねているその隙に首根っこを掴まれ、

「指導ー!!」
「うぎゃあ!」

ユキも投げられ、轟と爆豪の間に着地した。理不尽だ。今に始まったことじゃないけど。憤慨しつつ顔を上げると、ギャングオルカがゆらりとこちらに向き直るところだった。

「貴様ら4名が充分な戦闘能力を持つことは分かった。だがそれだけだ」
「……」
「要救助者への不遜な振る舞い、周囲の状況を無視しての意地の張り合いなどの愚行…!今日は貴様らに特別な試練を与える!」
「特別…!?」

特別な試練、というワードにピリッと空気が張り詰めた。

「貴様らに欠けているモノ、それ即ち心=I差し伸べた手を誰もが掴んでくれるだろうか!?否!!」
「!」
「時に牙を剥かれようとも、命そこに在る限り救わねばならぬ!!救う!救われる!その真髄に在るは心の合致、通わせ合い!さァ超克せよ!!死闘を経て…彼らと!!」

威圧感、プレッシャー、押しつぶされそうな重い空気を纏い、ギャングオルカが体育館の扉に手をかける。

「心を通わせてみよ!!−−−それが貴様らへの試練だ!!」

ギャングオルカがそこまで煽るほどの試練だ、今までの補講だって充分スパルタだったが、それを超える程の手強さなのだろう。隣で爆豪がニヤリと笑って舌なめずりする。さぁ鬼が出るか蛇が出るか、ユキも無意識に背中の長刀に手を伸ばして息をのみ−−−。

「ひーろー!」
「ナマー!ナマヒーロー!!」
「わぁああ〜!!」
「ダッセー!ばくだん!ダッセー!!」

扉から雪崩れ込んできたのは、それはそれはもう元気なキッズ達だった。

「市立間瀬垣小学校の皆さんだ」
「「死闘は!!?」」

今度は爆豪と渾身のツッコミがシンクロした。すると怒鳴り声に驚いた子供が一人泣き出して「泣かしてんじゃねー!」と爆豪への総攻撃、それに同じテンションで「泣いてんじゃねー!」と爆豪が言い返す。…なんだかデジャヴだ。

「いるんですよねぇ、そうやって頭ごなしにどなってれば思い通りになると思ってる大人…」

壁に背を預け前髪をふっと横に流し、およそ子供らしからぬ風貌のお坊ちゃんらしい少年が、小馬鹿にしたような目を爆豪に向ける。

「ま、響きませんよね」
「何だコイツ!!」

絵に描いたようなクソガキだ。しかも爆豪とは死ぬほど馬が合わなさそうなタイプ。そもそも火を見るより明らかだが爆豪と子供は食い合わせが悪い。

しかし、クソガキはそのお坊ちゃん少年に限ったことではなさそうだった。轟はとんでもない名前をつけられているし夜嵐はサンドバッグにされているしで、体育館はもう何が何やら分からない状態になっている。

「ねー、つーかなんで私もまとめられてるワケ」
「貴様は特例だ、本試験で見極められなかった。あと恐らく駄目そうだ」
「何それマジ憤怒」

まーいいやあたし子供好きだし、とケミィ先輩が近くにいた男の子を抱き寄せる。際どく開いたコスチュームの胸元に男の子が沈み、なるほどそういうのもアリかと思われたが「あいた!」と先輩が悲鳴をあげた。

「ショウくんたぶらかしてんじゃねーよ」
「ムシしよムシしよムシしよ」
「わーマジ年頃」

ナシだった。最近の子どもは早熟らしい。

ツンケンしている女の子とばちりと目が合い、ユキも途方に暮れる。これくらいの年の子供ってどう接すればいいんだっけ、いかんせん絡むことがないから分からない。しかもどうやら初っ端から良い印象を受けられてはいないように見える。

(うーん、まぁ、早熟な子供なら逆にいつも通り…)

これでもそれなりに処世術を駆使して生きてきた自負がある。敵意にだって慣れたものだ。例外はあるにしろ、こういうのは肥大化させず受け止めて躱すが吉と、相場が決まっている。

「……よろしくねっ!」

満面の笑顔に愛嬌をちょい乗せ、大抵の人間に好感を持たせる必殺アイドルばりスマイル。

数秒の沈黙がおりる。

「ぶりっこよ、女に嫌われるタイプよ」
「男の前で声が高くなるタイプよ」
「何かあったら男が助けてくれると思ってるタイプよ」
「ハァァア!?」

撃沈した。女が言われて嫌な悪口トップ3ワードで痛烈なボディブローを食らった。最近の子ってこういうとこも早熟なの?そんな女が既に身の回りにいるの?世も末だ。

「ウワ今の刺さるゥ〜、そなの?」
「そんなつもり無いよ!無いけど…!!」
「ブクク、見る目あんなそのガキ」
「うっせー人のこと言えた立場か!」

半泣きで顔を上げると、愉快そうに笑う爆豪と「どうした猫堂」と子供を引きずりながらこちらに歩み寄って来ようとする轟がいた。

−−−何かあったら男が助けてくれると思ってるタイプよ。

「…そんなこと思ってないよ!!!」

人は思い当たる節があることを指摘されるとより逆上するという。…いやマジで、そんなこと思ってないけど!





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