Coco2

□夏の終わり
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その日の夜。

羞恥心やら自己嫌悪やらで死にそうになりながら、ユキは自室のベッドの上で1人転げ回っていた。穴があったら一生そこで暮らしたいレベル。トラウマだ。後で病名がつくかもしれない。

−−−爆豪、好きだよ。

「イヤイヤイヤ他に言い方あんだろ…!!」

数時間前に相澤先生に言った台詞が豪速球のブーメランで戻ってきた。そりゃあそうだ、好きだよなんて、誰だってそういう意味に取る。昨日の夜嵐みたいに前後の文脈があればいいが、あの夜のユキはそうじゃなかった。

何があっても爆豪が目標で、好きだと、それだけは変わらないと、本当に好きだけを繰り返したのだ。あれじゃまるで愛の告白じゃないか。しかも熱烈な。しかも彼の憧れの人と幼馴染の目の前で。

断じて、あれは告白なんかじゃない。ただ爆豪に救けてもらったようにユキも爆豪を救けたくて、ユキが救われた言葉をめいっぱい詰め込んで−−−考えれば考えるほど言葉を間違えている。いくらなんでも好きだ≠ヘ無い。

−−−寄んなや。

「うぐあぁあ…!」

明後日の方向に向けられた爆豪の視線を思い出し、枕に突っ伏して声にならない声を上げる。そりゃあ距離くらい取られるだろう。恋愛?んな暇じゃねんだわ、とか言いそうな男だ。惚れた腫れたの矢印が自分に向いているなんて、迷惑以外の何物でもない。

「と、とにかく弁明…弁明しなければ…!」

思うが早いか、スマホから目当ての人物のラインのアカウントを呼び出す。時刻は21時、流石に起きていることを祈りつつ、通話ボタンを押してスマホを耳に押し当てる。

気の抜けたメロディが暫く続いて、たっぷり1分くらい経った頃に漸くそれは途切れた。

『……ンだよ』
「あーよかった!起きてたー!」
『寝ようとしとったわ死ね、切んぞ』
「ま、待って待って緊急!エマージェンシー!急ぎの用事!」
『…あ?』

本当に電話を切ろうとしたのだろう、一旦遠のいた声が沈黙の後に戻ってくる。とりあえず聞いてくれるらしい。

「あの、えーっと…ですね」
『……』

一刻も早く解放せねばなんて考えていたくせに、いざとなると何から言えばいいのか分からなくなってしまった。スマホの向こうの爆豪の額に青筋が立つのが目に見えるようだ。やばいこれあと3秒で切られる。

と1人で焦っていたら、電話の向こうからクソデカため息が聞こえてきた。

『寮の裏、自販のとこ』
「へ?」

それだけ告げて、本当に通話は切れてしまった。黙り込んだスマホの液晶に、間抜けな自分の顔が映っている。じわじわと爆豪の台詞の意味が飲み込めてきて、ユキは慌てて自室を飛び出した。

共有スペースに残っていた皆には飲み物を買いに行くと言い訳をして、ハイツアライアンスを出る。寮エリアには自動販売機とベンチが等間隔で備え付けられていて、A組の寮の目の前にもそれは存在しているのだが、爆豪はわざわざ裏手の少し離れた場所を指定していた。

クロックスを時折アスファルトに引っ掛けながらユキが目的地に到着すると、爆豪は既にベンチに深く腰掛けていた。ぶすくれた三白眼が、ユキの姿を捉えて少し丸くなる。

「…つくづく単細胞だなテメェは」
「へ?…あ、しまった」

轟曰く肩丸出し≠フ、ベアトップのルームウェア。日中はまだ暑いとは言え9月半ばの夜に外に出る格好ではなく、爆豪ですらタンクトップの上に学校指定のジャージを羽織っている。どれだけ慌ててたんだ、自分は。

「や、へーき、そんな寒くない」
「んなもん聞いてねー、単細胞っつっただけだわ」
「寒くないの大丈夫?って意味かと思うじゃん文脈的に…」
「自意識過剰かよ」

ハッと鼻を鳴らした爆豪が、ユキから視線を外した。相変わらず言動がクソ下水だ。しかし現状それを咎める権利が小指の先ほども無いユキは、黙って爆豪が座るベンチに歩み寄る。今までなら「ちょっと隣あけてー」なんて断りも得ずに隣に座っていただろうが、流石にできそうになかった。

「んで」
「え?」
「緊急なんだろが」

赤い双眸と視線が交わった途端、ドクドクと心臓が脈打ち始める。

というか好きだよって、そういう意図では無いとはいえよくそんな事言えたなと、改めて自分の言動が信じられなくなってきた。どんだけアドレナリン出てたんだヤバいな私、ていうか今からそれ穿り返して説明すんの?正気の沙汰じゃなくない?

「ご…ごめん、爆豪…!」
「は?」
「好きって言ったの、嘘だから…!!」

結局、ぐるぐる脳内を巡るワードからランダムで掴んでぶん投げるくらいの勢いで、ユキはそう搾り出した。

爆豪の四六時中寄せられた眉間の皺が、ふっと消える。…見たことないレベルのぽかん≠セった。ぽかんとした爆豪と鬼気迫るユキ、鈴虫の声だけが静かに響く空間で見つめ合うこと数十秒。

バネが戻るみたいに、ギュン!と爆豪の眉間に皺が戻った。

「…ハ!?」
「あ、いや嘘!嘘っていうのは盛った!」
「ハァア!?」
「まるきり嘘ではなくて!好きは好きなんだけど!…そういう意味じゃないから安心して!!」

言った。言えた。無意識にぎゅっと瞑っていた目を開くと、ベンチから立ち上がりかけていた爆豪が固まっていた。それはどういう感情だろう。安心できたのだろうか。

そのままどちらも何も言わず再び沈黙が下り、それを破ったのは爆豪の大きな大きなため息だった。立ち上がりかけていたベンチにどかっと腰を下ろし、蜂蜜色の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜている。その後、指の隙間からぎろりとユキを睨んだ。

「緊急っつーのは、それか」
「あ、ハイ」
「…はぁあ」

またため息。馬鹿にした態度はしょっちゅう取られているが、こんなにため息をつかれたことは無い。意図が読めず戸惑うユキに、爆豪は今度は盛大に舌打ちした。そして一言。

「ンなもん分かっとるわ、クソが」
「…え?」

今度はユキがぽかんとする番だった。分かってる、というのはつまり、そういう意味じゃないってことが。

「えっ…え!?分かってたの!?」
「たりめーだろが!俺ァテメェと違って単細胞でもアホでもボケでもクソでもメンヘラでもねェんだよ!」
「すっごい言うじゃん!すっごい言うじゃん!」

いつもの勢いで爆豪が吠える。条件反射で言い返してから、気が抜けてしまったユキはよろよろと爆豪の隣に崩れ落ちた。「オイ勝手に座んな許可とれや」と蹴られたが、今度はユキもいつも通り無視した。

なんだ、分かってたのか。杞憂だったのか。

「なぁんだ、良かったぁ…」
「……」
「私、アンタに変な勘違いさせたかと思って…もー焦って損した…」
「もっかい言ったるわ、ジ イ シ キ カ ジョー」
「いやだからすごい言う……って、じゃあなんで避けんのよ」

そう、杞憂だったとしても、爆豪がユキと距離を取っていたのは事実だ。オールマイトは「照れてるんじゃない?」なんて言っていたが元よりこの男にそんな殊勝な感情があるとも思えず、隣を覗き込む。爆豪は横目でユキを睨み返して舌打ちする。

「………別に避けてねーわ」
「避けてるよ!なんか遠いじゃん!」
「遠くねぇしそもそもテメェとベタベタするつもりはねぇ!」
「私だってそんなつもり無いですけど!?」
「つーかアレ以降クソデクとオールマイトの視線がウゼェんだよちったぁ反省しとけや元凶クソ女!」
「大変申し訳ございませんでした」

隣で深々と頭を下げると、つむじのあたりに「クソが」と相槌みたいな罵倒、直後にゴチンとゲンコツが降ってきた。今度はちゃんと殴られたことにちょっと安心して(マゾヒストみたいでなんか嫌だけど)、ユキは静かに息をついた。

「…まどろっこしい言い方すんなや」
「だからごめんって…」
「ちげェわ。…緊急とか」

顔を上げると、爆豪はそっぽをむいて、組んだ自分の足に頬杖をついていた。蜂蜜色の髪は、蛍光灯の灯りの下だとやけにキラキラしている。

「別の話だと思うだろが」
「別の話って?」
「……」
「…私の家の事とか?」

爆豪とユキが共有していて、緊急になり得る話。思いついたのがそれだけだったので口にすると、爆豪は何も言わなかった。

その沈黙の意味を数秒考えて、ハッとする。ベンチにどっかりと座って足を組んで、横柄を絵に描いたような態度のこの男は−−−ユキが緊急だと言った内容を推察して、わざわざ寮の外まで聞きにきたのだ。しかも、クラスメイトが来ない場所まで指定して。

全ての指先を、綿毛か何かでくすぐられたような感覚に陥った。
そこから心臓まで、血液がドッと流れ出す。

「ぅ、あ、ありがと…」
「あ?」
「いや、心配、してくれたんかなって…」
「…何回言わすんじゃ、自意識過剰女」

遠回しな否定が返ってきたが、それだけだった。らしくない事をしないで欲しいと思う反面、心臓の奥の方がじんわりと熱くなる。そうだ、意外とこういう奴だ、爆豪勝己という男は。


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