Coco2

□すごいせんぱい
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2日後。

「ご迷惑おかけしました!!」

キンシンくん2号、改め緑谷が鼻息荒く教室に戻ってきた。「オツトメご苦労様!」とだいぶ語弊のある表現でお茶子ちゃんがそれを迎える。

実はA組メンバーには、緑谷と爆豪に謹慎期間中の授業内容を伝えるなという相澤先生からの御触れがあったのだ。新学期の情報を一切得られず相当焦っていたのだろう、遅れを取り戻すんだと息巻く緑谷の目は燃えている。

「よーす、2号卒業オメデト」
「うん!猫堂さんも色々、ご迷惑をおかけしました…!」

緑谷が席についたタイミングで体ごと振り返って、緑谷の机に肘をついてニヤリと笑ってやる。ちょっと意地悪したつもりだったのに、緑谷は反論もせず深々と頭を下げた。ごちんと机におでこがぶつかる音がする。

「おわ、別に私に謝らんでも」
「いやでも、…色々!」
「おー緑谷2号、こいつには謝っとけよ〜」

緑谷と問答していると、席に戻ってきた瀬呂がニヤニヤしながらユキを指さした。

「猫堂、この3日間先生にあてられまくってたからネ」
「え?」
「あ、そうだよバカ」

ポカンとする緑谷の頭に、教科書でチョップを入れてやる。

「私、アンタ達いないせいで陸の孤島みたくなってたから!」
「先生達の目につくだろ?そんで毎授業あてられてやんの」
「あぁ、そういう事か…!ごめん!」
「苦痛だったよマジで〜!マイク先生に至っては後半わざと私ばっかあててたかんね、半笑いだったもん」
「いや英語はオメー、『瀬呂くんが分かるらしいです』って途中から俺を売ったじゃんよ」
「隣でずっとニヤニヤしてるからですぅ」

恨みがましげに見てくる瀬呂に、べぇっと舌を出す。人の不幸を笑う奴らに報復したまでだ。ちなみにエクトプラズムのとびきり意味不明な二次関数の応用問題では上鳴を売った。「上鳴くんが答えたそうな顔してます」とユキが言った瞬間の彼の表情は、そりゃもう絵画にしたいくらい愉快だった。

ちょうどチャイムが鳴り、同時に相澤先生が教室に入ってくる。皆がわらわらと席に戻り、ユキ達も雑談を終えて前を向いたところで、喧騒に紛れて後ろから遠慮がちに声がかけられた。

「猫堂さん、」
「ん?」
「アレから、かっちゃんと何か話した…?」

視線がかち合うと、緑谷が途端に目を泳がせ始めた。なんなんだ。アレというのが何を指すのかは分かるが、緑谷がそんな挙動をする心当たりがない。

「いや別になんも?」
「ベツニナンモ!?」
「なんでよ、改まって話すことなんか無いし」
「無いの!?」
「緑谷うるせぇぞまた謹慎食らいたいか」
「スミマセン!!」

相澤先生の一喝で、緑谷がまた机にごちんと額をぶつけた。話はそこでお開きとなった。



◇ ◇ ◇



ヒーローインターンとは、より実践に近い形でプロの現場を学ぶ、職場体験の発展系。職場体験とはどう違うのか、BIG3≠ニ呼ばれるすごい先輩たちが、わざわざ説明会をしに来てくれた。

…はずなのだが。

「おまえらいい機会だ、しっかりもんでもらえ。その人…通形ミリオは俺の知る限り−−−最もNo.1に近い男だぞ。プロも含めて、な」

相澤先生の台詞が誇張でもなんでもない事は、目の前に広がる光景からも明らかだった。

「一瞬で半数以上が…!」
「おいおい、先輩マジですごいな…!?」

ユキと轟が、死屍累々の体育館ガンマを見て唖然とする。試しに戦ってみようなどと宣った先輩との1対18、さすがの3年生も苦戦するだろうと思っていたら大間違いで、一瞬にして殆どのクラスメイトが転がされてしまった。

(避けたんじゃない、緑谷の蹴りはすり抜けた=cで、気付いたら耳郎の後ろにいた…ワープ?でも一瞬地面に沈んだ≠謔、にも…なんの個性だ?どっちにしろ超速いな…!)

瞬時に相手の死角に回って急所に一撃、しかしそのスピードの謎が解けない。隣の轟も「No.1に最も近い男…」と呆然と呟いている。

並んで戦況を見守るユキと轟を、相澤先生が怪訝な顔で見下ろした。

「…お前ら行かないのか?No.1に興味ないわけじゃないだろ」
「俺達は仮免とってないんで…」
「…そうか…で猫堂は見たいのか見たくないのかどっちだ」

ずっと手で顔を覆って指の隙間から戦局を見ているユキに、相澤先生が突っ込む。ユキはそれをじとりと見返した。

「成長意欲と乙女心の間で揺れてるんです」
「あ?」
「ガチ見すると視えちゃうから!」
「……ブ」

納得したらしい相澤先生が、珍しく噴き出した。笑い事じゃない。

戦闘開始早々、通形先輩の服が落ちて¢fっ裸になったのだ。以降の戦闘でも度々服が落ち、というかさっきからもう全裸上等くらいの心意気で走り回っている。ワープにすり抜け、普通なら目にも止まらぬ¢ャさに救われたところだが、ユキの動体視力では、見えちゃいけない部分がたぶん視える。強い先輩とのスパーリングは気になるしできれば参加もしたいけど、ユキの中の女子の部分がそれを引き留めていた。

「お前意外と…いやなんでもない」
「アッ先生今めっちゃ失礼なこと考えたでしょ!私にだって恥じらいくらいあるもん!」
「動画撮っとくか?あとでモザイク処理とかして…」
「ありがと轟、新手のAVみたいになっちゃうからやめとこ…」
「咄嗟に目ぇ瞑るくらいできるだろ、ちゃんと見とけ」
「ういぃ…」

顔から手をはずして、改めて戦況を見守る(一応薄目で)。中遠距離メンバーが沈み、あとは近接主体の者ばかり。緑谷が得意の分析でクラスメイトを先導し、再び戦闘が開始される。

駆け出した先輩がさっきと同じように地面に沈んで、次の瞬間には緑谷の背後へ。しかし緑谷はそれを見越していたかのように背後へ脚を振り上げた。ワープしてきた通形先輩はやっぱりもう全裸で、やばい視える、と目を瞑った直後に隣から「あ、緑谷」と轟が呟いたのが聞こえた。

目を開けたときには緑谷と飯田が倒れていて、そこからはもう怒涛だった。

「ギリギリちんちん見えないよう努めたけど!すみませんね女性陣!」

数分後、腹パンされてグロッキー状態のA組の面々の前で、ちゃんとジャージを着た通形先輩が朗らかに笑う。

「俺の個性強かった?」
「強すぎっス!」
「ずるいや私のこと考えて!」
「すり抜けるしワープだし!轟みたいなハイブリッドですか!?」
「アハハ!後ろの見学のおふたりは?外から見て分かったかい?」

非難轟々の皆を笑って躱す先輩が、ふっとこちらを振り返った。轟と顔を見合わせて、ユキもかぶりを振る。

「いや、俺達も何の個性かは分からなかったです」
「ワープする前にいつも地面に沈んでたのは見えたけど…」
「私知ってるよ個性≠ヒえねえ言ってい?言ってい!?トーカ」
「波動さん今はミリオの時間だ」

波動先輩と天喰先輩を制して、通形先輩が快活に笑う。

「個性は普通に1つ!『透過』なんだよね!」
「透過…」
「君たちがワープと言うあの移動は、推察された通りその応用さ!」

先輩曰く、透過≠フ個性はあらゆるものをすり抜ける。攻撃はもちろん地面すらもすり抜けるため、地中に落ちることができる。ワープは個性を解除することで必然的に地面に弾き出される、ゲームのバグのような原理を利用しているのだという。

しかし個性発動中は自身の身体を全てが透過してしまうため、五感の一切が奪われる。肺が空気を取り込むことさえできない。必要なのは、信じられないほどの個性のコントロール能力。

「予測!周囲よりも早く!時に欺く!何より『予測』が必要だった!そしてその予測を可能にするのは経験!経験則から予測を立てる!」

通形先輩がぐっと拳を掲げて言葉を続ける。

「俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!ので!恐くてもやるべきだと思うよ1年生!!」

さっきまで全裸ですっとぼけていた通形先輩の演説は、実力を目の当たりにした後だと説得力が格段に違っていた。グロッキー状態でブーイングしていた皆もワッと拍手する。

その後ろで、ユキも静かに自分の拳を握りしめた。

(経験と、予測…)

ユキのモーショントレースは、見た経験を即座に技術に変える力だ。先輩の言う通り、何を得るにもまずはより多くの経験を積まなければならない。職場体験(ユキは明らかにお客さん扱いはされてなかったが)ですらあんなに沢山の経験を詰めたのだ、インターンなんてなおさら経験の宝庫のはず。しかし、そのインターンへの参加資格が、今の自分には無い。

「うう、置いてかれてる…!」
「…猫堂、補講頑張ろう」
「ん!」

轟も同じ事を考えているのだろう。背中を軽く叩かれて、分かっているというように隣を見上げ、ユキは大きく頷いた。




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