Coco2

□バイユアサイド
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新学期初日、夜。

明日も授業だと皆が早々に自室に引き上げたあと、ユキは1階共用スペースにスマホを忘れた事に気づいた。夕飯後にヤオモモに勉強会を開いてもらっていたから、その時に置き忘れたのだろう。

共用スペースに下りると、意外にもまだ人がいた。ダイニングの真ん中で突っ立っていた緑谷と轟が振り返って、ユキを見て目を見開く。

「猫堂さん!」
「ありゃ、轟とキンシンくん2号じゃん」
「ヴッ、キンシンくんやめて…」

ニヤニヤしながらユキがそう言うと、緑谷ががっくりと肩を落とす。言い始めたのは意外にも飯田なのだが、その度に謹慎コンビが苦虫を噛み潰したような顔をするのが愉快で、ここぞとばかりにユキも便乗することにしたのだ。ちなみにユキが爆豪をキンシンくん2号と命名すると「なんでデクが1号だ俺を1にしろや」とキレたので、緑谷が2号。その1番嬉しい?と、全員が思ったことをわざわざ口に出した上鳴は、案の定殴られた。

2人に歩み寄ると、轟がユキの頭から爪先を眺めて眉を寄せる。

「夏とはいえ薄着すぎねぇか?寒いだろそれ」
「え?いんや、めっちゃ快適」
「肩丸出しだぞ」
「丸出して。てかこれめっちゃ気持ちいいんよ、触ってみ」
「えっ」

指摘されたベアトップのパジャマは、女子には馴染みのルームウェアブランドのものだ。お腹の辺りの生地を摘んで2人に差し出すと、揃って固まってしまった。

「いや触ってみって、女子のパジャマだし…!」
「思春期かよ。別にただの衣服じゃん、ほれさわれ」
「さわれて…!」
「いや猫堂、別にいい…」
「いーじゃんちょっとだけ!ね!マジで気持ちいいから!」
「なんでそんな前のめりなの!?」

拒否されると余計触らせたくなってきて、後ずさる2人に躙り寄る。文字面だけ見ると完全にユキが変態だ。渋い顔の轟が、数秒葛藤したあと手の甲でユキが差し出した布に触れて、すぐに目を丸くした。

「うお…なんだこれ」
「ね、気持ちいいっしょ!」
「緑谷、これすげえ」
「轟くんまで…」

轟が期待を込めて見るもんだから、真っ赤になった緑谷も渋々ユキのパジャマに手を伸ばす。触れるか触れないか分からないくらいのタッチで(そっちの方が変態っぽいのに)同じように手の甲で触れ、やっぱり目を丸くした。

「確かに快適そう…」
「こんな寝巻きあんだな」
「いいでしょー。お気に入りなの、ジェラピケ」
「「じぇらぴけ」」

慣れない口調で繰り返す男子2人が面白くて笑ってしまった。衣替えしたら次の秋冬物のパジャマも強制的に触らせてやろうと心の中で決める。

「ていうか2人とも何してたの?猥談?」
「ち、違うよ!」
「つーかちょうどよかった。これ猫堂のだろ」
「あ、そう!」

轟が差し出したのは、ピンクのキャラクターが書かれたスマホケース。間違いなくユキのものだった。無くすと色々不味いので、轟から受け取ってホッと息をつく。

「ありがとー、よく私のだって分かったね」
「2度目だからな、拾うの」
「へ?」
「あー、猫堂さん」

緑谷が眉を下げてユキのスマホを指差す。

「落としたでしょ。…神野に向かう新幹線で」
「!」

ハッとして2人の顔を見上げる。
さっきまでの呑気な空気が、一転して張り詰めた。

神野の悪夢の、あの夜のことは、今でも鮮明に思い出せる。ユキは緑谷達を病院から尾行し、同じ新幹線に乗り込み、そしてAFOに転送された。廃倉庫で気がついた時には、もうスマホは手元に無かった。

拾うのは2度目だという轟の台詞で、このスマホがどんな経緯で手元に戻ってきたのかを理解した。

「2人が拾ってくれてたのか…あは、ありがと」
「すげぇ近くにいたんだな」
「全然気づかなかったよ…AFOに転送されたんだよね?その時って」
「うん、7列くらい後ろかな。同じ車両にいたよ」

2人が難しい顔で黙り込む。彼らが何を考えているのかは、容易に想像がついた。

ユキは転送された先で殴り倒され、爆豪と揃ってあの戦いの中心に放り込まれた。もし、AFOに転送される前にユキの存在に気づいていたら、そうはならなかったかもしれない。できる事があったかもしれない。そんな事を、考えてしまうのだ、彼らはヒーローだから。

しかしあの時のユキは、寧ろ連合に自分を差し出すことが目的だった。そのことも、今の2人は知っている。

「皆が私の尾行に気づいたとしても、きっと私、全力で逃げたよ」
「…それでも、止めたかったよ」
「うん、ありがとう、ごめんね。あんな事もうしない」

もう自棄になって死に急ぐような真似はしない。力を込めてそう言うと、緑谷がグッと何かを飲み込んだような顔をして頷いた。隣の轟が、しばらくして小さくため息をつく。

「たらればは、今さら言っても仕方ねえよな」
「そうそう仕方ないの!過去より未来!ね!」
「すごく開き直っていらっしゃる…」
「反省も後悔ももう死ぬほどしたからね!」

過去の愚行を延々と後悔していても仕方がないのだ。猫堂さんらしいや、と笑う緑谷の肩を押して、エレベーターに向かって踏み出す。

「ほら、明日も早いんだからもう寝よ」
「うん、そうだね」
「…ハッ、ごめん2号くんは別に早くなくてもいいんだ」
「この空気でそこ蒸し返すの…!?ちゃんと皆と同じ時間に起きるよ!」
「あははは!いやごめんやっぱ改めて、キンシンくんってめっちゃウケんね、飯田天才」
「笑いすぎだよ猫堂さん…」

いつものように緑谷の反応で遊びつつエレベーターを待っていると、着いてくるはずの気配がない。振り返ると、轟が神妙な顔で立ち止まっていた。「過去より未来」と、ユキの台詞を繰り返したのが、わずかに聞こえた。

「轟くん?」
「…どした、轟」
「いや…なんでもねえ」

寝るか、とあっさり顔を上げた轟は、いつもの無表情に戻っていた。隣に並んだ横顔を見上げて、ユキも何も言わずにエレベーターを待つことにする。

過去より未来。
そう割り切ってしまうには、きっと轟の過去は重すぎる。昨日夜嵐に言われた言葉達は、もしかしたら轟の中にまだ引っかかっているのかもしれない。だとしても、彼自身がなんでもないと言うのなら、今はそれでいいのだ。

「轟」
「ん」
「補講、がんばろー、ね!」
「いって」
「ウワ、いい音したね…」

大きな背中を力任せに叩く音が、静かな共有スペースに響いた。




act.120_バイユアサイド


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