Coco2

□悔しい
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夜、ハイツアライアンスにて。

「明日からフツーの授業だねぇ!」
「色々ありすぎたなー!」
「一生忘れられない夏休みだった…」
「メール?」
「うん!」

クラスメイト達が共同スペースで各々の時間を過ごす中、切島くんに声をかけられて顔を上げる。

色々あった仮免許取得試験は、無事合格。早速報告した母からはさっき「おめでとう」と返信があったが、オールマイトからはまだ返信がない。メール見てくれただろうか。夢に一歩近づけたことを、早く伝えたかった。

「にしても、意外だったなぁ」

ソファに座った切島くんが、そう言って天井を見上げる。

「爆豪と轟もそうだけど、−−−猫堂も不合格なんてな」
「だよな!なんでだろな!?」

その話題に食いついたのは峰田くんだったが、そこにいた全員も神妙な顔で頷く。

そう、A組からは不合格者が3人出たのだ。夜嵐くんとのイザコザがあった轟くん、かっちゃん(上鳴くん曰く暴言失格=j、そして猫堂さんである。

「てか猫堂は?」
「なんか相澤先生に呼ばれたって言って出てったよー」

芦戸さんがソファで膝を抱えて、拗ねたように唇を尖らせた。

「猫堂、ちゃんとやってたのになぁ!」
「本人は『たぶん私も暴言失格』とか言って笑ってたけど」
「…採点基準に発言の適否があったかは分からんが」

飯田くんが難しい顔で腕を組んでいる。一次と二次の途中まで、飯田くんは猫堂さんと行動していたから、彼女の行動の仔細を知っているらしい。

「猫堂くんの行動は、常に状況に即した冷静ななものだったと思う。あの結果は、正直俺も疑問だ」
「うーん、あいつが納得してんならいいけどよ」
「補講頑張るって言ってたし、納得はしてんじゃん?」
「……」

緑谷も同意見だった。怪我人の応急処置も、応援が到着するまでギャングオルカのサイドキック達を1人で足止めしていたのも、合格に充分すぎる働きだったと思う。

合格発表後、各自に配られた成績を思い出す。点数と一緒に試験官のコメントが記されているはずの紙だが、ちらりと見えた猫堂さんのそれには、

(なんで、何も書いてなかったんだろ…?)

神野での彼女の行動、まだ言えないという過去と連合に狙われた理由。何か関係しているのかもしれないけれど、猫堂さんは待っていて欲しいと言っていた。なら、信じて待つしかないのだろう。

「デク」
「!」

低いその呼びかけに、緑谷の思考は打ち切られた。


◇ ◇ ◇


ユキが呼び出されたのは、初めて足を踏み入れる校長室だった。

「疲れているところ悪いね!青少年の成長には適度な睡眠が必要だっていうのは自明の理さ、僕も重々承知しているところだよ」
「…はぁ」

今は突っ込む気分にはなれなかった。

試験結果は、不合格だった。
目の前にある事実はそれだけだ。

「本題に移りましょう校長、時間が惜しい」

ユキの一歩後ろに立つ相澤先生が、硬い表情でそう言った。視線は校長の机の上−−−タブレットに映った、ある人物に向けられている。

『結果にご納得いただけてないみたいですね』
「結果は結果です、こいつに至らない点があったのも事実。しかしね、俺にはどうも…そこに公安の忖度≠ェあるように思えるんです」
『……』

画面の中の男は、つい数時間前まで試験官を務めていた、ヒーロー公安委員会の目良だった。

相澤先生の言う忖度というのが何を意味しているのか、分からないほどユキはお気楽じゃない。落ちた理由が実力不足なら、わざわざ先生がこんな場を設けるはずないのだ。

数秒の空白の後、目良さんが小さくため息をつく。

『無かったといえば嘘になります』
「!」
『忖度の有無というより、公安委員会は、今回の試験で猫堂ユキさんを合格させないことを事前に決定してました』

分かっていても、ガツンと頭を殴られたみたいだった。圧倒的実力不足なので修行して出直してこい、とでも言われた方が何百倍も救いがある。

『公安としてはですねぇ、彼女の潔白が証明できるまでは、仮免許を与えるべきではないというのが現状なんです。経歴に加え、神野での連合との接触。疑うべき要素が揃いすぎてる。−−−彼女が連合のスパイではないと、証明できますか?』

これが、今のユキの立ち位置。あの白紙の採点用紙は、採点するにすら値しないというユキへの評価だ。

「非合理的ですね…ならどうして受験資格を与えたんです」
「それは僕も疑問なのさ」

根津校長が静かに手を挙げる。

「そもそも、起きてもいない裏切りをどう証明するんだい?彼女を預かる他でもない我々雄英が、猫堂ユキは潔白であると意見していることの方が、よほど正当性があるじゃないか」
『そりゃあまりにも都合が良いのでは?爆豪くんの時と同じですよ、何か起きてからじゃ遅い』
「で、記念受験まがいのことをさせて、何か分かりましたか」
『結論としては分からない≠ナす。少しでも怪しい素振りを見せてくれれば良かったんですがね』
「そうやって彼女から可能性を毟り取り続けるつもりかい」

静かなトーンで続けられる問答に、胸がキュッと締まる。

先生達はユキの味方だ。しかしいくら味方がいても、ユキがいくらクラスメイト達と切磋琢磨して努力しても、ライセンスを与える公安委員会のユキへの見方はそう簡単に変わらない。

ユキが戦っていく壁は、こういうものなのだ。高い高い壁に、どれだけ努力しても無駄だよと書かれてるみたいだった。

『いやぁ平行線ですねぇ…そろそろ本人の意見も聞いてみましょうか』

静かに言い争っていた3人の視線が、ユキに集まった。

酸素が薄い気がする。上手く息ができない。

「…今は、証明できないです」

絞り出した声が掠れていて、唾を飲み込む。

「疑われることは納得してます、仕方ない。私は連合のスパイじゃないし復讐なんか企んでないけど、外から見れば私が一番怪しい。疑って当然だ。…監視カメラくらい、仕掛けられて当然だ」
「!」
「スマホも、機種を変えても私の場所が分かるように細工されてますよね。たぶん盗聴器も仕込まれてる」

誰も何も言わなかった。相澤先生すら黙ってユキの言葉を聞いている。その沈黙が何よりの肯定だった。

−−−落とすなよ。

学校が始まってすぐ、相澤先生が何か言いたげな表情でユキにスマホを渡した時から、自分の部屋だけが2階になった時から、気づいていた。ユキの自室の入り口と窓、エレベーター前、廊下のそれぞれが映る位置に設置された極小の監視カメラにも。

4月に監視のために合格させたんじゃないと相澤先生は言ってくれたが、あれはあくまでも雄英の意見で、警察と公安委員会は違う。寮制度が始まった今、ユキを監視しない理由が無い=B

「それについては、申し訳ないと思っているよ」
「…猫堂」
「先生達が謝ることない」

右肩の重みに振り返ると、眉を寄せた相澤先生がユキの肩を掴んでいた。監視カメラも盗聴器もGPSも、きっと先生は反対してくれただろう。でも、監視は今日この時も続いている。

その現実に、臍を曲げて泣き喚くこともできる。
でもユキはもう、目も耳も塞がないと決めた。

『気付かれちゃいましたか…監視の意味ないなぁ』
「別にいいですよ。…私の潔白って奴が証明されるだけです」

何がしたいと、自分に問う。

「目良…さん」
『はい、なんでしょう』
「うちの2人はたぶん補講で合格します。だから私も、あいつらと一緒に合格したいです」
『……』
「私に可能性≠ヘありますか」

聞きたいことはそれだけだった。

画面の向こうの目良さんをまっすぐ見つめると、気だるげな三白眼がこちらを見返す。その後、それはもう長い長いため息が返ってきた。

『87点でした』
「へ?」
『二次試験の結果です。即断即決が過ぎるところはありますが、概ね状況判断には優れていました。戦闘力も攻守共に平均以上。充分、合格点だったと思います』
「…落としといてそれは無いでしょ」
『これはあくまでも私の個人的見解ですから』

目良さんは頭をがしがし搔きながら続ける。

『それよりも参ってるのはね、君の潔白を主張する人間が雄英以外にもいることなんですよ』
「え…?」
『ミルコ、ホークス、そしてプッシーキャッツ。君と接触しているプロヒーローに聴取を行ったところ、今のところ危険性は無いだろうとの意見でした。…ミルコに至ってはアイツはそこまで馬鹿じゃない≠ニのお墨付きです』

ぐわぁ、と体が熱くなった。
ユキにはまだ味方がいる。

『受験資格を与えておいて今回落としたのはね、我々も君を量りかねているからです。勿論疑ってはいます、しかしこれだけのプロが君を白だと言っている。本当に潔白であるなら有望な卵として育てたい。だから可能性の有無を問われたら…答えは有る≠ナすよ』

目良さんが画面の外、向こうのタブレットの奥を見た。恐らく、そこにいるのは彼だけではないのだろう。公安委員会か、警察か−−−顔を見せることなく、ユキのひとつひとつの言葉に耳を澄ませている。

体が熱い。心臓がドキドキする。
ザコ共に好き放題させてんじゃねぇ、と、頭の中で爆豪が言った。

「なら、私のやる事は変わりません。監視上等、下衆の勘繰りもお好きにどうぞ。私は、自分の行動で自分の潔白を証明する」

姿の見えない誰かに向かって朗々と語るユキの声が、校長室に響く。

やる事は変わらないのだ。ユキはユキであることを証明して、両親のことも全部乗り越えて、皆と一緒にプロになって、

−−−プロになって、何をする?

『そこまでして…君は何故ヒーローになりたいんでしょう?』

ユキの自問自答を見透かしたように、目良さんが言った。彼と相澤先生と根津校長、そして顔を見せない雲の上の人たちが、ユキの答えを待っている。

ユキが雄英に戻ったのは、自分を守るためだった。皆と一緒にいたくて、皆といる時間を守る力が欲しいから。

(あぁ…それだけじゃ、だめだ)

唐突にそう理解した。
自分のためじゃ、この人達は認めてくれない。

何がしたい、と再び自分に問いかける。ユキは、ヒーローになったら何がしたいだろう。目を閉じると、浮かんだのは数年前の自分の顔だった。息を吸うことすら苦痛で、明日なんか来なければいいと毎晩考えていた自分。

答えは、意外にするりと口から滑り出た。

「もう、私みたいな人を作らないためです」

随分遠回りしたなぁと、思い返すとなんだか笑えてきた。答えはずっと近くにあったのだ。加害者の気持ちも家族を亡くした人の気持ちも知っていて、だからこんな痛い思いはもう誰にもしてほしくない。

−−−建前だったはずのものは、今ようやく本当の理由になった。

『…真偽は兎も角、これを聞いてチャンスも与えない大人にはなりたくないですねぇ』

再びため息をついた目良さんが、そう言ってやれやれとかぶりを振った。

「あ、ちなみに半分嫌味です。加害者家族ってだけでしょーもないレッテル貼られて未来を制限されるような人間は私で最後にしたいっていう」
「お前、チャンス欲しいのか潰したいのかどっちだ」
『いーですいーです、君が本当に潔白なら、それ位の嫌味言って然るべきですわ』
「個人的見解?」
『そう、個人的見解』

相澤先生に小突かれたが、目良さんは不健康そうな顔を歪めてニッと笑った。

『さて、試験結果を理解いただけたなら、補講の手続きを進めますが』
「…これでまた様子見なんてのはやめてくださいよ」
『そりゃあ彼女次第です』

根津校長が「あまり納得できないが」と肩をすくめてユキを見た。

「猫堂ユキさん、雄英は君の意思を尊重するのさ」
「受かります、絶対」
「だそうだよ。公安委員会の皆さん、」

根津校長が可愛らしい顔でタブレットを覗き込んで、

「貴方たちを、我々は信頼している」

あまりにも不釣り合いな脅迫を残して、校長がビデオ通話を切った。いつも朝礼で長話しているか相澤先生の捕縛布に潜り込んでいる姿しか見なかったので、ギャップにヒヤリと背筋が凍った。

「さて…疲れただろう」
「…はい」
「今日はゆっくりお休み。…明日からまた頑張ろう」

根津校長は、ユキが合格するために協力を惜しまないことを約束してくれ、最後には「これを飲めばよく眠れるのさ!」と高そうなココア缶をくれた。なんだか足元がふわふわしたまま、ユキは校長室を出る。

夜の薄暗い学校の廊下で、後ろには相澤先生がいるだけ。
急に現実に戻ってきたような気がして、やばいと思った時にはもう遅かった。

「………ぅ、ぐ」
「おい、猫堂、…!?」

ユキの顔を覗き込んだ先生がギョッとした。そりゃあそうだろう、さっきまで監視上等とか嫌味ですとか居丈高に話していた人間が、…ぐちゃぐちゃに泣いていたら。

「どうした、お前、急だな」
「ず、ずみませ、緊張、てか、なんか感情の、糸が…」

足の力が抜けて、その場にしゃがみ込む。

「せんせぇ」
「あぁ」
「試験、頑張ったのに、悔しいぃ…」

それだけ言うのが精一杯だった。

やる事は決まった、味方だっている、戦える。でもこんなにもままならない。努力がそのまま報われない。それが悔しくて仕方ない。膝に顔を埋めたユキの視界の端で、先生もしゃがみ込んだのが見えた。

「なんなの公安、ムカつく、ぜったい合格する」
「…そうだね」
「監視とか、ほんとはされたくない、皆に迷惑かけたくない」
「あぁ、…ごめんね」
「先生は悪くない、今すぐ潔白ですって証明できない私が悪い、…悔しい」

後頭部に大きな手が乗って、くしゃりとかき混ぜられた。その温かさにまた涙が込み上げる。必死に飲み込んでいたら、頭の上から笑い声ともため息ともつかない声が振ってきた。

「俺は、お前から悔しいって単語が出たことに安心したよ」
「…なにそれ」
「前向いてるって証拠だから」

顔を上げると、傷だらけの手が差し出されている。

「頑張ろう猫堂。俺が見てる」

涙でびしょびしょの手でそれを掴むと、力強く引き上げられた。何度でもこうやって立ち上がってやると、誰にともなくユキは誓った。



act.115_悔しい


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