Coco2

□RUSH!
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一次試験通過後。

「皆さんよくご無事で!心配していましたわ」

麗日さんと瀬呂くん、かっちゃん達と一緒に指示された待機所に向かうと、そこには既に半数のクラスメイトが集まっていた。

「ヤオモモー!ゴブジよゴブジ!つーか早くね皆!?」
「俺たちもついさっきだ。轟が早かった」
「爆豪も絶対もういると思ってたけどなる程!上鳴が一緒だったからか」
「はァ!?おまえちょっとそこなおれ!!」

上鳴くんと耳郎さんの掛け合いが始まり、ようやく無事に通過した実感が湧いてきた。改めて息をついていると、轟くんが「よう」と歩み寄ってくる。早々に単独行動だったので心配していたが、杞憂だったようだ。

「轟くん!よかった、通ってたんだね」
「あぁ。A組はこれで11人か」
「あと10人」
「アナウンスでは通過81名…枠はあと19人…」
「飯田さん大丈夫かしら…」
「飯田くん…?」

八百万さんの台詞にハッとした。そうだ、飯田くんがここにいれば、いの一番に「大丈夫だったかい!」なんて声をかけにきてくれるはずなのだ。それが無いということは。

「飯田、クラスの皆を探すって言って別れたんだよ」
「猫堂さんも一緒ですわ」

耳郎さんと八百万さんの不安げな表情に、轟くんと顔を見合わせる。

「…大丈夫だよな…?」
「大丈夫だろ」

そう言う轟くんの表情も、僅かに強張っていた。もともと1割以下の超絶狭き門、後半になれば戦いもより熾烈になるはずだ。

(大丈夫…大丈夫だ)

ザワザワと騒ぐ自分の心臓に言い聞かせる。機動力、ここぞという時の判断力、意志の強さ。自分は、他のみんなよりたぶん少しだけ、2人が強いことをよく知っている。



◇ ◇ ◇



−−−皆が先に通過していたらそれは良い事だ!俺はA組の委員長、クラスを導く立場≠セ。時間と脚の許す限りはクラスに貢献したい。兄さんならそうする。俺の行動は俺の夢の形でもある。

そんな事を言ったのは数分前の自分だったはず。簡単な事ではないと理解しているつもりだったが、理想はやはり、いつも自分の少し先を行く。

「飯田青山!あたまッ!」

必要最低限の指示に、青山くんのマントを掴んで引き倒す。自分のマスクの数ミリ上を何かが横切って、今まさにこちらを狙っていた他校生が沈む。彼らの顎に入ったらしい黒い塊が、風を切る音と共に猫堂くんの袖の中に消えた。同時に逆の手では、飛んできたボールをホームランバッターよろしく長刀で打ち返し、別の他校生の額にヒットさせる。その時にはもう片方の手が既に別の武器を取り出し、向かってきた他校生にカウンターを食らわせる。と同時に蹴り上げた瓦礫が、背後にいた他校生の手からボールを弾き飛ばす。

規格外の眼を持っているにしても、その並列思考能力、視野の広さ、瞬発力。全てに舌を巻くばかりだ。

「頼もしいな君は本当に…!」
「いや全然無理よ!無理すぎて笑えてきた!」
「もうダメお腹痛い☆」
「耐えろ青山くん!」

息を切らした猫堂くん、顔面蒼白の青山くん、それぞれが兎にも角にも、絶え間ない攻撃を凌いでいる。他校対雄英の構図から一転、試験最終盤に差し掛かったフィールドは、もう何が何だか分からないほどの乱戦状態に突入していた。

「的あてどころじゃないねこれ!」
「あぁ…!まずは制圧、これが最短だろう!」
「最短が遠くない!?」

顔は笑っているのに声がキレている猫堂くんが、近場にいた大柄な男子生徒の懐に潜り込んで、倍近くある身体を投げ飛ばした。投げ飛ばした先にいた他校生達が、慌てて散り散りに逃げる。

先ほど、通過者81名のアナウンスが流れた。もう悠長にクラスメイトを集めている余裕はない。それは理解しているものの、このままでいいのかという責任感が足を僅かに重くしていた。八百万くん達は、緑谷くんは、皆は無事に通過しただろうか。

「い、い、だッ!」
「!」

弧を描いて飛んできたボールを、猫堂くんの三節棍が跳ね返した。滑り込んできた猫堂くんが、傍の青山くんのマントを片手で引く。青山くんが今しがたいた場所に、大きな瓦礫が落ちてきた。

「今は*レの前に集中!うちらが脱落したら元も子もない!」

青山くんのマントをこちらに押しつけて、再び猫堂くんが駆け出す。向かってくる他校生、近場にいる他校生を片っ端から攻撃しているようだ。

(猫堂くん…やっぱり君は…!)

どんなに大人数の乱戦に突入しようと、彼女の眼なら瞬時に2ポイント失っている受験生≠見つけられるし、彼女の身体能力ならそれを仕留めに行ける筈だ。−−−猫堂くんは、今この瞬間にでも、合格を取れる。

「それにしたって、僕らは3人…☆」

近くで大きな爆発音が上がる。

「戦乱の真ん中…これもう生き残るの難しいよ飯田くん☆」
「…いや、何を言う!諦めるなんて誰でもできるぞ!頑張ろう!」
「いやそうじゃなく…ワオ!!」
「流れ弾でやられるぞ!」

飛んでくる瓦礫から逃れ、体勢を立て直す。

猫堂くんが1人合格を取りに行かないのは、クラスに貢献したいという自分の意思に共感してくれたから、だと思う。報いなければ。俺が諦めるわけにはいかないのだ。

「だいじょぶ!?」
「あぁ!しかしキリが無いな…!」
「くっそぅ、結構分断したと思うんだけどなぁ…!」
「分断?」

隣に下り立った猫堂くんの手に、ブーメラン型の投擲武器がパシンと戻ってきた。何のことか分からず聞き返したところで、さらに謎の事象が発生した。

視界の端で、青山くんがひっくり返ったのだ。

「んん!?」
「ハイ!?」

猫堂くんと揃って素っ頓狂な声をあげる。その視線の先で、戦乱の最中、青山くんは直立した状態から上体を後方に反らせ、背中を地面につけないようにして足裏と手または頭で支持した姿勢−−−要するにブリッジをしていた。

腰に巻いているアイテムから彼のネビルレーザーが天高く、それはもう高く、空に向かって垂直に輝く。

「何をしている!?待って…本当に何をしている!?」
「目立ってる☆」
「とってもな!違う!そうじゃなく!!」
「漫才やってる場合じゃないんですけど!?」

猫堂くんがキレて青山くんの足を蹴っ飛ばした。しかし青山くんは何事もなかったかのように奇行を続ける。既に数人の他校生が気づいたようで、こちらに向かってくるのが見えた。「クソ」と舌打ちした猫堂くんが、青山くんの盾になるように迎撃体制をとる。

「僕を庇ってると共倒れ☆」
「ん!?」

いつものように感情が読めない声で、青山くんが朗々と語り出した。

「目立ってる僕はもう2か所ターゲットをやられてる。あと1か所で僕アウト。…君たちに譲っちゃう」
「え、」
「目立ってる僕を取りに来る人たちの裏を取るんだよ。君たちのスピードなら、可能だろ?☆」

言っている意味が分からない。いや、意味は分かるが、なぜそんなことを言うのかが全く分からない。

「なーにを急に言ってるんだ!」
「急に聞こえるだろうけどね」

青山くんは、じっと空を見つめたままだった。空の色をそのまま映しているような青い眼とは、一度も視線が交わらない。

「僕はずっと、対等になりたかったのさ」

その一言が放たれた瞬間、背後にいた猫堂くんの動きが僅かに止まった気がした。

怒号と悲鳴が響く戦乱の最中、この3人の間だけに沈黙が下りる。迫り来る他校生、飛び交うボール、それらが一瞬スローモーションに感じて−−−バサリと羽音がした。

「…青山」

背後から、魂が抜けたような声。振り返ると、目を見開いて空中を凝視している猫堂くんの口元が、少し笑っている。

「蹴ってごめん。……あんたが、反撃の狼煙だ」
「猫堂くんまで何を、」

その瞬間、ここを台風の目とするように、周囲を猛烈な風が吹き荒れた。しかしすぐにそれが風ではないことに気付く。これは…鳩だ。こんなに大量の動物が1か所に自然発生するわけがない。

「その場で旋回を続けるのです!!」
「ブラックアンク」

鳩の群れからぶわりと現れた黒い腕が、他校生を襲う。よろけた彼らが揃ってつんのめったように動かなくなり、あっという間に倒れていく。

「取れる奴から取ってけぇ!!!」
「他に取られる前に!!」
「皆ァ!!」

口田くん、常闇くん、峰田くん、尾白くん−−−クラスの皆だった。

「雄英だ!!」
「陣形組めッ…て、アレ!?」
「みんなどこだ!!?」

迎撃体勢を取ろうとした他校生達が、何故か慌ててあたりを見渡している。そこに眩い光が差し込んだ。葉隠くんの必殺技だ。

「お先ねー!!」
「俺も!!」
「飯田!おめーら大丈夫か!?」
「砂藤くん…!」

瓦礫を盾にした砂藤くんが駆け寄ってくる。みんな何故ここに、という疑問は、先程の猫堂くんの台詞が解決してくれた。反撃の狼煙。そうか、みんな青山くんのネビルレーザーを見てここに。

「猫堂っ!」
「三奈ちゃん!待ってたー!」
「おっ待たせー!」

猫堂くんの隣に駆け込んできた芦戸くんが、飛んできたボールをアシッドベールで防御した。その芦戸くんの背中を守るように、猫堂くんの長刀も攻撃を弾く。

「ねぇ…どうして」
「みーんな焦って大雑把んなってきて、敵も味方もぐっちゃぐちゃで周り全然見えなかったんだよー!」

振り返った芦戸くんが、満面の笑みでサムズアップした。

「青山のおへそレーザー見えたから!また集まれたねぇ!」

それを聞いた青山くんが、何か言おうとして口を開いた。しかしすぐに閉じてしまう。何か言いたげな目で、次々と連携して試験をクリアしていくクラスメイト達を見ている。芦戸くんと猫堂くんも揃ってポイントを取っていった。残り2人という試験官のアナウンスが響く。

「…青山くん!何をもって対等なのか…物差しが違う故わからんが」
「……!」

青山くんと同時に駆け出す。その先には、峰田くんの個性で身動きがとれない他校生が2人。

「君のおかげだ!−−−ありがとう!!」

そして同時に、的にボールをあてる。

「……ま、僕のキラメキは止まらないってことだよね☆」
「あぁ!多分!わからんが!!」
『0名!100名!今埋まり!終了!!!』

フィールドに一次試験終了のアナウンスが響きわたり、背後でクラスメイト達がワッと歓声を上げる。

相変わらず言っていることはよく分からないが、クラスが集まれたのは間違いなく青山くんのおかげだった。その場でお腹を抱えてへたり込んだ青山くんに手を差し伸べると、グラスごしの青い眼と、今度はしっかり視線が交わった。

(本当に…俺1人では成し遂げられなかった)

芦戸くん葉隠くんと抱き合って喜んでいる猫堂くんに歩み寄る。

「猫堂くん、」
「おー!やったね委員長!作戦成功だよ!」
「あぁ!…ついてきてくれてありがとう。本当は、君1人でももっと早く合格できただろう?」
「!」

猫堂くんが目を丸くする。

「皆が集まってくれた時、他校生が揃って連携をとれず慌てふためいていた。…君があらかじめ分断してくれていたからだ。猫堂くんなら、あの乱戦の中でも、一人一人の目や口の動きを見極められるからな」

同校でコミュニケーションを取り合うための言葉や目線、それを見て他校生を分断、もしくは倒し、連携を崩す。遠距離武器ばかり使っていたのはきっとそのためだろう。結果、クラスメイト達の奇襲は大成功だった。

裏を返せば、そこまで見えていた猫堂くんは、やはり1人でも合格を取りにいけたということだ。指摘すると、猫堂くんは「よせやい」とへらりと笑った。

「分断は意識してたけど、1人で合格できたわけじゃないよ。口田の撹乱とかみんなのチームプレイがあったから、結果的に生きたってだけ」
「…それでも、どうして」

自分の意思に共感してくれたなら、それは嬉しい。しかし、仮免試験というクラスメイトすらライバルのこの状況で、余計な足枷になってしまった。言い淀んでいると、猫堂くんがコスチュームごしに脛を蹴ってきた。

「わ、なんだい!」
「難儀な性格しとるねぇ君も。言ったっしょ、私は好きにやっただけ。…それに」

ふと、赤銅色の目が背後に向けられた。

「私も、対等になりたかったから」

つられて振り返ると、青山くんがいた。猫堂くんの言葉に、青山くんは数秒の空白の後、肩をすくめて何も言わずに踵を返す。

何をもって対等なのか、やっぱり分からない。しかし、遠くなる青山くんのマントを見つめる猫堂くんの目は、今は言えないと謝罪したあの夜と同じ色を映しているような気がした。



act.112_RUSH!


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