Coco2

□三度目の正直
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男子棟、女子棟、共同スペースからなる雄英生徒寮、名付けて『ハイツアライアンス』は1クラス1棟。各部屋にはトイレやベランダ完備、中庭に大浴場まである、もはやちょっとした療養施設だった。

「とりあえず今日は部屋作ってろ。明日また今後の動きを説明する。以上解散!」
「ハイ先生!!」

そう言って全員が各部屋に運び込まれた荷解きを始めて、1時間後。

「…終わっちゃった」

変わり映えのしない部屋を見下ろしてぽつり。もともとの8帖1Kをまるっと移してきただけのユキは、引っ越しへの慣れもあり、一瞬で部屋作りが完了してしまった。

少し悩んで、お気に入りのマグカップと大量買いしていた徳用チョコレートを持って部屋を出る。

エレベーターで1階に下りると、まだみんな部屋作りの最中なのか、共同スペースは閑散としていた。マグカップをキッチンの棚につっこんで、テーブルの真ん中にチョコレートを置く。こうしとけばみんな食べるだろう。

「…部屋割り、こうなるよなぁ…」

1人だと広すぎるソファで膝をかかえて、小さく呟く。

部屋割りは学校が先に決めており、男子と違って人数の少ない女子は1フロアに2人ずつ。ユキだけが2階の奥に割り振られていた。

これが意味することを、今気にしても仕方がない。

「どうするかなぁ…」
「猫堂か?」

不意に名前を呼ばれてびくりとする。ぼんやりしすぎて、共有スペースに入ってきた人の気配に気付かなかった。膝にうずめていた顔を慌てて上げると、………ぬりかべがいた。

いや、ぬりかべっていうか、ぬり畳。

「…轟?」
「もう部屋作り終わったのか」

ぬぼーっと佇む畳から、轟がひょこりと顔を出した。

「うん、休憩中…チョコ食べる?」
「おぉ」

ソファを飛び越えてチョコレートを渡そうとして、轟の手が塞がってる様子に気付き、包み紙から剥いたチョコレートを轟の顔の前に差し出す。差し出したところで、轟が微妙に固まってることに気付いて、色々間違っていることにユキも気付いた。

「…あーんは無いよね?」
「…流石にねぇなって、俺も思った」
「いやつーか、混乱して突っ込み損ねたじゃん、それ何?」
「畳だろ」
「……」

そんなんは見たら分かる。ちょっとイラッときたので結局腹いせに口にチョコレートを突っ込んでやったら、「…自分で食える」と轟が眉を顰めた。

「そうじゃなくて、なんで畳運んでんのさ」
「実家が日本家屋だからよ、フローリング落ち着かねぇんだ」
「…ん?」

意味がよく分からない。実家が日本家屋だから(それもちょっと意外だ)簡易リフォームをしているということだろうか。そこまで聞くと、この天然エリートの自室というものに単純に好奇心が湧く。

「手伝おっか、暇だし」
「…いいのか?外にもう1枚あって…割と重いぞ」
「どんとこいよ、こちとらヒーロー志望」

力瘤を作って見せると「いや、普通に細ぇ」と言われたのでちょっと蹴った。

部屋に運び込もうにも入りきらなかったらしく、轟は畳をせっせと部屋まで1枚ずつ運んでいたらしい。ラスト2枚だった畳を揃って抱えて(確かに結構重い)、男子棟5階の轟の部屋に向かう。

「この階だれいんの?」
「こっちが瀬呂で、こっち砂藤だ」
「おー、静かでいいフロアだ」
「開けとくから先入ってくれ」
「はいはい、お邪魔しまーす…って、おわ!?」

部屋に入って唖然とする。

轟の部屋は、部屋の半分以上が畳敷きになっていた。それだけじゃない。壁も天井も、まるで温泉旅館のような和室仕様になっている。

「いやいやいや、落ち着かないからってここまでする!?つーかこれどーやったの!?うわ障子まで…カーテンレール外してんじゃん!…え、いやマジどーやったの!?」
「…頑張った」
「説明する気ある!?」

詰め寄ると、ふいと視線を逸らされた。…こいつ改めて思うけど、大雑把なうえにめんどくさがりだ。説明させるこっちも面倒くさくなってきて、もう頑張った以上の説明は求めない事にする。

「そっちから畳敷いてってくれ」
「はいはい…これは?」
「後で置く」

轟の簡潔な指示に従い畳を嵌め込み、今度はその上に家具を乗せていく。桐箪笥って言うんだろうか、立派な作りの箪笥はなかなかに重量があって、空っぽの状態を二人で持ち上げるのも一苦労だった。これは流石の轟も、1人だと骨が折れるだろう。

文机、座椅子、箪笥と大きな家具は一通り配置し、その頃には既に1時間近くが経っていた。

「ふぃー!こんなもんか!」
「わりぃな、思ったより手伝わせちまった」
「いいよ、そんなん…もう手伝うことない?」
「あー…猫堂、パソコン得意か」
「へ?」

轟が、一つの段ボールを見下ろして眉を寄せていた。覗き込むと、まだビニールに包まれたままの新品のノートパソコンやルーターが入っている。辟易した様子に、轟の言わんとしていることが分かった。

「姉さんが使うだろうからって買ってくれたんだが…新品のパソコンって使ったことねえ」
「簡単なセットアップならできるよ。轟は他の作業してなよ」
「わりぃ…」

割と本気で申し訳なさそうな顔がデジャヴで、いつかと同じように頬をぐにっとつねってみる。

「ほい、おあいこ」
「…どういうシステムなんだ、これ」

轟が眉を下げて笑った。その表情に、安心したような、背中を押されるような、不思議な感覚がする。

文机にノートパソコンを乗せて、接続やらなんやらを始めるユキと、洋服類を箪笥に仕舞い始める轟。お互いに背中を向けたまま作業を始めると、途端に部屋に沈黙が下りる。

カチカチと秒針が進む音と、お互いの衣擦れの音。それだけ。

今しかない、と思った。

「轟」
「…ん」
「ごめんね」

何がとは言わなかったが、轟の手が止まったのは気配で分かった。

「病院で、できることないかって聞いてくれたのに、無いなんて言ってごめん」
「……」
「自分のこと蔑ろにするなって、守りたいって言ってくれたのに、…ごめんね」

パソコンの起動画面に、自分の顔が映っている。お前が泣きそうな顔してんな、バカ。

轟はずっと、ユキなんかの言葉に恩を感じて、守りたいと言葉にしてくれていた。ユキはそれを裏切って、神野に立ったのだ。それでも優しい彼は、ユキを許すだろう。

だから、ユキは、伝えられる限りを伝えなければいけない。

「私ね、5年前に両親が死んで、それからずっと、自暴自棄っていうか…自分は死んだ方がいいんだって、どっかで思ってて」
「……」
「神野に行った時も、死んでもいいやって思ってた」

轟は身じろぎもせず、何も言わない。後ろにいるその気配を頼りに、少しずつ言葉を紡ぐ。

「でも、皆がいて、轟がいてさ…やっぱ死にたくないなーって思って、戻ってきちゃった。神野で一歩間違ってたら、みんな揃って殺されてたかもしれないのに。超自分勝手だ。ごめん、本当にごめん。許して欲しいとか言う資格ないけど…轟は許してくれるの分かってて言ってる、ごめん」
「……」
「轟は優しいからさ、自分と私のこと重ねてるでしょ。そんなんじゃないんだよ、私は…私は、」
「俺じゃねえだろ」

ユキの独白は、怒ったような轟の声に遮られた。暗い液晶の中で、こちらを睨む轟と目が合う。

「優しいのは、俺じゃねえよ」
「……」
「お前がそういう奴だから、俺はお母さんと話すきっかけ貰って、一緒に飯田を助けに行ったんだろ。自分は違うみたいな言い方すんな」

ゆっくりと振り返ると、轟は体ごとこちらを向いて、まっすぐユキを見ていた。

「逆の立場だったとしたら、お前も同じこと言うだろ。できる事探して、やれる事やろうと思ったから、今まで色んな無茶もしてきたんだろ」
「…でも、いっぱい間違えた」
「それくらいなんだ。俺なんかずっと間違ってた」
「今は違うでしょ」
「猫堂もそうだろ」

轟の口調は静かだった。障子越しの淡い夕陽が、柔らかく部屋を満たしている。

「俺だからお前の気持ちを理解できるなんて、思い上がってるつもりはねぇよ。でも、考えすぎて視野が狭くなんのは…俺も分かる。そういう時、俺には家族がいたけど、お前にはそれもなくて…救われ方が分からなかったなら、それはお前のせいじゃないんだ。だからもう謝るな」

何か言おうとしたのに、言葉ではなく嗚咽が漏れそうになって、慌てて口を閉じた。

先生も、爆豪も、轟も、どうしてこんなに、ユキが欲しい言葉が分かるんだろう。

ユキが口をパクパクさせている間に轟が腰を上げて、隣に膝をつく。ライトグリーンの中に、泣きそうな自分の顔が映った。

「轟、わたし…私ね、言わなきゃ、いけないこと、が」

全部言わなきゃ。両親のことも、連合に狙われた理由も。怖い事なんてなにも無い。こんな優しいやつに、隠し事なんてしたくない。

−−−ぐにっ。

頬に鈍い痛みが走って、たっぷり数十秒かけて、轟がユキの頬をつねっていることに気づいた。

「………ふぇ」
「伸びるな」

ユキの頬をむにむに引っ張った轟が、すっとぼけた感想を漏らす。え、なぜ。なぜ今。

よほどぽかんとしていたのだろう、ユキの顔を見た轟が笑って、ぱっと手を離した。

「これでおあいこだ」
「な、なにが……?」
「言いたくないんだろ」

心の奥底を言い当てられた。言い当てられたことにも、自分のその本心にも驚いて言葉を失っていると、轟がユキの手に視線を落とした。敵に貫かれた手の甲に、薄く傷跡が残っている。

「色々気になることはあるよ。連合の仮面のやつが言ってたこととか、警察が言ってたこととか…でも、そんな泣きそうな顔してまで言わなくてもいいんだ。いつかお前が、感情の落とし所ってやつを見つけて、楽になるまで待つ。…だから、今のでおあいこだ」

轟が顔を上げて、視線が交わる。

「猫堂、今俺に、なんかできる事あるか」

そのまま流れるように、三度目の問いかけ。

それはあまりにも彼らしい優しさだった。どこまでも臆病なユキに、寄り添って、認めてくれる。

優しくて柔らかくて、温かい世界。まるで麻薬だ。慣れてなさすぎて、やっぱりちょっと怖い。

「…待ってて」
「ん」
「ちゃんと話せるようになるまで、待ってて…そばにいて」
「分かった」

そう言って微笑んだ轟が、とても頼もしい。本当に、私は恵まれてる。泣きそうなのに自然と口角が上がって、顔を見合わせて笑いあった。

…そして唐突に、冷静になった。このフワフワした空気の中、クラスの男子の部屋の中で、なんなら8帖くらいある広めの部屋の中で、肩が触れるほど近くに座って微笑みあっているというこの状況と、自分の甘酸っぱ胸キュン恋愛J-POPさながらの台詞に。

途端に羞恥心で死にたくなって、誤魔化すために慌ててパソコンに視線を戻す。

「あー、えっと!メールとワードとパワポ使えればいいよね!あとなんかある!?あ、あいちゅーんいれる!?」
「あい…?なんか分かんねーがネットとメールが使えればいい」
「おっけーネットとメールね!」
「…お前の照れるポイントよく分かんねーな。あーんはいいのか」
「照れてませんけど!?」

隣でぽかんとしている轟に肘鉄をいれると、なんなく止められてしまった。

あと2つ3つ優しい言葉をかけられていたら、涙腺が崩壊して轟に抱きついて泣いてたかもしれない。よくやった私の涙腺、よく耐えた。

「…そばにいるから」
「え!?なになんて!?」

1人で悶え苦しんでいたから、轟の言葉が聞こえなかった。やけくそ気味に返して勢い任せに振り返ると、思ったより近くに轟の顔があって、切れ長の瞳に至近距離の自分の顔が映る。

「そばにいるから、知らねえ間にどっか行っちまうのは勘弁してくれ。心臓に悪い」
「…はい」

心臓に悪いはこっちの台詞ですけども。





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