短編

□優しい琵琶の音。
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「どういう意味ですか…?」


泣き腫らした目で見上げると
少し困ったような、悲しそうな瞳で
経正殿が私を見つめていた。


「私こそ、都で生まれ育った者です。私はとんこのように無邪気では無いし、汚れた部分も持っています」

「経正殿が汚れてる…?」


嘘だ。
そんな訳、あるはずが無い。
経正殿はやさしくて、きれいで、人を安心させる力を持っている。

微笑みの貴公子、だなんて
女官の間で呼ばれていること、この人はきっと知らないんだわ。



「そう…。だから私は悩んでいたのです。あなたには、私よりももっと相応しい相手がいるのでは…と」

「それって、」



それってまさか、
遠まわしに、断られてる?
"お前と許婚なんて、まっぴらごめんだ"って、
遠く回して、伝えてるの?


もうそうだったならと想像し、
途端に悲しい顔になると

それに気づいた経正殿が
あたふたと慌て出した。


「あ…誤解しないで下さい。私はただ、とんこが本当に私のような者が許婚で良いのかと…」

「嘘だ…ほんとは遠回しに断ろうとしてるんだ。私のお父さん、ちょっと怖いから。娘である私から遠回しに…」

「っ、違います!」



行き過ぎた被害妄想を止めたのは
普段の姿からは想像も出来ないような、経正殿の張り詰めた声だった。




「違いますっ…そうでは無い。私が…。本当に私で良いのかと……本当に、それだけで……」


張り上げた声を出し、
肩で息をする経正殿を見ていたら
何故だか私は
ああ、自分、バカなことを言ってしまった。

反省せざるを得ない気持ちになってしまった。



「経正殿…」

「…都に居れば、おのずと染まってしまいますよ…」


そっと伸ばした腕は
経正殿の顔の間近で、絡め取られた。



「私の妻になって、後悔されるかもしれません…」

「…いいですよ、私?」

「本当はもっと素敵な男性が、あなたの目の前に現れるか…」

「経正さんっ」


言いかけた言葉を
自分の声で遮った。


「私、経正さんが良いんですっ。経正さん以外、考えられませんから…!」

「っ…!とんこ…っ」



豪族の出を

甘く見ないで。



絡め取られていた腕ごと引っ張って
私は経正さんの体にしがみ付いた。

野蛮な事なら
都人にだって、負けやしない。




「私をあなたのお嫁さんにして下さい!」




そしたら経正さん、なんて言ったと思う?





「…本当に?それでいいのですか」

「はい。私、経正さんと共にありたいと思ってます」


「それじゃあ…」




言い掛けた言葉は
口端で一度止まった。










「いらっしゃい。可愛がってあげましょう、愛する琵琶の次くらいに」











「琵琶!?私は一番じゃないんですか!?」

「ええ、私の一番は、この琵琶です」

「えええっひどい!経正さん、ひどすきるっ」

「ああ、琵琶の次は、弟の敦盛だったかもしれないなぁ」

「お、弟…っ!?」



一人しょげる私の肩を抱いて
そっと優しく、囁いた。




「嘘です。本当はね、大好きですよ、あなたが一番」











いつか私も琵琶より愛される女になれるかな?
抱かれた肩から向こうに見える、経正さん愛用の茶色い琵琶を眺めながら
ふとそんなことを
思ったのだった。




優しいあなたは
遠慮をしないで。

正反対でも
愛しているから。




−おしまい−
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