短編

□優しい琵琶の音。
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「これなんて、どうでしょう」

「げっ、そんな女の子っぽい物、私に着けろって言うんですか!?」

「きっとお似合いになると思いますよ」

「だめだめ。そんな大人しい着物選んだら、私も京娘たちと同じになっちゃうっ」


辿り着いたのは、
都でも中々栄えていると評判の町。

どうしても、
経正殿と一緒に来たかったんだ。
ほら、経正殿のお屋敷ってさ
何だかいつでも張り詰めた空気で、
ろくに夫婦らしい会話も出来ないっていうか。


やって来たのは町外れの呉服屋さん。
経正殿が勧めてくれたのは
淡い杏子色をした、ほんわかとした感じの
かわいらしい着物だった。



「……」

「どうされました?」

「…う、ううん。何か…」



経正殿も
こういう、いわいる"都の女"らしい服装が好みなのかな。
そう思ったら、
チクンと胸が痛んだ。

豪族出身の私は
都の美がよく分からない。



「とんこ殿…?」


喋らなくなった私を不思議に思い、
経正殿に覗き込まれる。
なるべく顔色に出さないように
私は表情を固めて言った。



「経正殿は…此度の許婚の件、どう思ってる?イヤ、ですか…?」

「え…?」


言われた事が理解出来ないみたいに
経正殿は二度三度目をパチクリとさせた。

…こんなこと急に言われても
やっぱりビックリしちゃうかな。



「経正殿は、いつも上の空だから」

「私が?」



自覚が無いみたいで
穏やかなその眉根に、
小さな皺が刻まれた。



「…私、都の女性みたいに、おしとやかじゃないんです」


もじもじと着物の裾を握ったり掴んだりして、
なるべく経正殿を見ないように
話を始めた。



「ずっと地方に居たから。だから、女の子らしい可愛い仕草とか、そういうの、よく分からないんです」

「……」



黙る経正殿の返事も待たず
次から次へと溢れ出す。


「町を歩く女の人みたいに、色気だって無いし、気の利いた趣味も無いっ…。私、ほんとに経正さんの妻になってもいいのかなっ…!?」


いつだってホラ。
大好きなあなたは上の空で
私の事なんて見てくれていやしない。

そんな事が
とてつもなく大きくて、
悲しいんだって事、気づいて欲しい。



「ごめんなさいっ…経正殿が望まれるような女性じゃなくて、ごめんなさいっ…!」


ついには、泣き出してしまう私。
これには流石の自分でも予想外。

泣いて訴えるほど、
私の中で経正殿の存在が大きくなってたんだなぁ…


子供みたいに泣きじゃくる私の目の前で
驚いた顔で
少しの間、経正殿が動かなくなった。


ああ、みっともない。
こんな所で泣いたら、
ますます子供っぽすぎると
きっと笑われてしまうわ。






「……とんこは…、」


「え?」





「反対に、とんこは、私で良いのですか?」



そのとき
初めて名前で呼ばれた。
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