短編

□優しい琵琶の音。
2ページ/5ページ

「ところで、とんこ殿」

「はい?」


屋敷から少し離れた道を歩いていると
後ろから私に腕を捕まれたままの経正殿が
ふと足元に目をやるのを止め、
私の方を向いてきた。



「どうかしました?」


ああ、こんな時の為に
軽装をしていて本当に良かった。

この京の都に来てからというもの、
毎日毎晩「女の子たるもの!」と
清盛殿が着けて下さった侍女達に
いかに優雅な衣を纏い、
いかに殿方の為に着飾るかという、よく分からない女の戦いについて
あれこれバッチリ叩き込まれてきた。

でも、私、おめかしって好きじゃない。
毎日毎日十二単じゃ、
さすがに肩だって凝るでしょ。


そんなとき、経正殿がおっしゃって下さったの。


『とんこ殿は、とんこ殿らしい格好で良いと思いますよ』って。

その自慢なやさしい微笑みで。
そうおっしゃって下さったから。

私は最近、都の女ならばしてはならないような、
軽装ばかり好んで着ていた。



「これからどこへ向かうのです?」

「ふっふっふ。経正殿は、行った事あるかなぁ」


口元を緩め、にやにやと笑うと
経正殿も、ふっと小さく笑われた。


「どこへ連れて行って下さるのでしょう…。とんこ殿が初めて私を外へ誘って下さったのです。
…ふふ、期待してしまいますね。とんこ殿の後に続くとしましょう」


その言葉に
私もにっこり。

相変わらず、のほほん。なんだ、この人。

すっかり私も経正殿の歩調に合ってしまっていて。

調子が狂うってこういう事を言うのだろうか、と
今更むりやり掴んでいた経正殿の腕に意識が飛んで
私の顔は、真っ赤に膨れ上がった。



「あ、手…っ手!ごめんなさい!!」


屋敷から掴んだままだったんだ。
見た目よりもたくましい経正殿の腕を慌てて解くと、
少し驚いたような顔をして
それでもまたすぐに、いつもの微笑みに戻って




「それでは、参りましょうか」



そっと私の前髪に触れた。

経正殿の柔らかい指先。





『女子たるもの、いつでもどこでも十二単で凛とあるべき…!』




ほらね。





「行きましょうか、とんこ殿」





「うんっ!」






十二単よりも
お出かけには、軽装の方が
色々と得をするんだから。

動き易さ以外、
何を求めろというの?



思わず緩みそうになった頬を
きゅっと口端を上げて持ち上げて。

私は経正殿の元へと駆け出した。



大好きな方。


強くてやさしい、
大好きな御方。





それなのにあなたは何故、
いつであっても
上の空なのでしょう。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ