第四章

□Vol.4 平泉ってどんなとこ
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「さて・・・、」




しばらく町中を散策した後、
青年を乗せていた馬の歩みが止まった。

どうやら、どこかに着いたらしい。




「この辺りだと聞いていたが・・・」




そう言うと、
傍にいる付き人も「ええ、その筈でございます」と、胸元に忍ばせていた地図らしきものを広げ始めた。




「確かにこの図ですと、この辺りに噂の娘の家がある筈ですが」



それを聞いて、泰衡は「ふむ・・」と顎に手を当てた。
キョロキョロと辺りを見回す付き人。

そこは、畑と民家が点々としている場所だった



「あれ泰衡さま。あそこに居るおなご、歳や背丈が噂と似ておりませんか?」

「・・・・ん?」


指を差した先に、
せっせと畑仕事をする少女がいた。



「・・・・」


暫くじっと様子を伺う。

これが噂の「心根の優しい孝行娘」なのかどうかは分からない。
けれど、泰衡と付き人は暫くその場を動かずに
少女を観察していた。





「〜♪〜〜♪」


少女の鼻歌が聞こえてくる。
しかしながら、作業をする手は休むことなく働き続ける。



「〜〜♪ん〜〜収穫収穫っと!」


せっせと手を動かしながら、
近くの籠に次々と野菜が投げ込まれていく。
どうやら今日は収穫日らしい。


ポイ、ポイ、と投げ込まれていく野菜たち。
食べ物をその様に投げていいのだろうか・・・と付き人が不安に思った、その時だった。



ポイッ


「あらっ?」




デンッ
ゴロ、ゴロ、ゴロ・・・




「・・・・・あ。」



籠に収まらなかった野菜の1つが、
付き人の足元へ転がってきたのだ。





「あっちゃ〜!ごめんなさい!怪我とかしませんでしたっ?」



すぐにムクッと立ち上がって、
パンパンと膝を払うと少女が駆け寄ってきた。


泰衡に至っては、
変わらず無表情のまま。






「(うわ〜・・この男の人綺麗〜〜!・・・・・でも何か顔が恐そうだな・・・)」



付き人の傍に居た男性をまじまじと見つめながら、コーンは思った。




「・・・・人の顔を見て恐いと思うなど何事だ」


「へっ???」



この人読心術でも持ってるの!?
コーンは驚いた。

本当は読心術でもマジックでも何でもなく、
ただ自分の百面相で全てバレているともいざ知らず。




「まあ良い・・・。おい、娘」


「はっはい!何でしょう!?」


落っこちた野菜を拾いながら、
コーンは泰衡を見上げた。







(やっぱり綺麗な人だなぁ・・・)




そう思いながら見つめていると、




「なぜ独学で武術を磨いているのか言え」




と、超上から発言をされて
拾い上げた野菜を再び地面へと落っことしてしまった。



「あっ野菜・・」


「私が拾います!」


傍にいた付き人がそそくさとそれを拾い上げ、再びコーンの手に握り締めさせ
「早く泰衡さまの質問に答えろ」と言わんばかりに、コーンに強い視線を送った。



「(な、何でこの人初対面なのにこんな上から目線なんだろう・・・)
えっとそれは・・・大事な人を守りたいから、です・・・」



これでいいかな?

この回答が果たして青年の求める答えと一致するだろうかと、どきまぎしながら答えると
黒髪の青年はただ一言、「そうか」とだけ言って
鼻で笑った。







「(ええ!せっかく答えたのに、鼻先で笑われたし・・!感じ悪い!)」








コーンにとって泰衡の第一印象は


最悪 だった。






「娘、名を何と言うか言え」


「(また命令口調・・・!)
コーン・・・コーンです。私の名前はとんがりがり コーン。
あそこの家に住んでいる、おばあさんのかわいい一人娘ですよ」



かわいいってつけちゃった☆テヘ☆と一人テレるコーンを他所に、
いつの間にか青年と付き人はその身を翻していた。



「(・・っておい。突っ込まないんかいっ)」



少女の心の突っ込みを完全に無視して
青年を乗せた馬が歩き出す。



カポ、カポ・・



「・・・娘、コーンといったな」


「は、はぁ。私はコーンですけど??」


「武術の鍛錬は怠らずに続けろ。いつかそれが役立つ日が来るかもしれん」


「は、はぁ・・」



そうですかい。
ところであんさん、誰やねん?

そう言いたそうな少女のとぼけ顔に、
泰衡は思わずクッと、笑みが漏れた。




「・・・噂通り、か」


「???」


「まあ良い・・。行くぞ」


「はっ!!」


「????」




何のことだかさっぱり状態な少女を後にして、
泰衡と付き人は屋敷へと戻っていった。





「誰だったんだろう?今の人・・・。なんだかすっごく上から目線でエラそうだったな・・・」


はて?
こんな人物、誰かに似ている?
重盛さん?いや、惟盛かな・・?

そう思って記憶の糸口を辿ろうとしたけれど、



「っあー!いっけなーい!!もう日が暮れちゃうじゃん!全然野菜採り終わってないよ!!」



本来の仕事を思い出し、
泣く泣く野菜採りを再開したのであった・・







この人物が、

後々自身と深く関わっていくであろう


藤原泰衡であるとは知らず――。
















その帰り道。




「いやぁ噂通りでしたなぁ、泰衡さま」


泰衡の乗る馬の手綱を引く付き人が口を開く。

夕暮れときのあぜ道に、
空高くまでトンボが飛んでいる。



「・・・そうだな」


「"親孝行者で、独学で武術を磨く。しかし堅物とは違い、どこか憎めない人物像"
ピタリ、でしたな」


「あぁ・・」



少女のことを思い返しながら
付き人が指折り数える。



「・・・お前、あの指を見たか」



ふと、泰衡が口を開く。
その言葉に付き人は、「ええ、ええ、見ましたとも。この目でしっかりと!」と大きく頷いた。





「すごい数のタコでしたねぇ。あれは武術を磨く者にしか出来ない証ですよ」



そう言うと、
泰衡は満足そうに、片方の口端だけを持ち上げた。




「決まりだな・・」


「!そうですか・・!いや、それは良かった・・っ!」



泰衡の言葉に、付き人は目を輝かせた。



「いや、それが良い。それが良うございます。実は私も、泰衡さまにそうご提案申し上げようかと思っていたところです」


「そうか・・」


「ええ!」



付き人は、
嬉しそうにポンポン、と手を叩いた。




2人が企む計画は、
今はまだ、明かされない。




しかしゆっくりと、
少女の運命へと近付いていった。


そんな秋の日の出来事。
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