第三章

□Vol.17
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「あ、ねえ見て。もう葉桜になってる」


知盛と肩を組む形で
空家近辺を散策してみる。

ここへ来たときは桜は満開だったのに
景色は既に
初夏へと移り変わり始めていた。


「葉桜…か」

「新緑が綺麗になる季節だね」

「そうだな…。だが…この季節はあまり好きではない…」

「え、なんで?」


新緑の季節。
これといって、花粉や乾燥など、目立った害のない気持ちの良い季節。

嫌いになる要素なんて一つもないのに。

そう思って知盛を見上げると
知盛はまっすぐ、どこか遠くを見つめていた。


「…昔から好きではない…。特にこれといった理由はないんだが、な…。お前の言葉でいう、『直感的に無理』ってやつだな…」


そう言った知盛に向かって「変なの」と呟くと、
知盛は笑って「ああ、俺は変なのだろうな」と乾いた笑いを起こした。

私がその言葉の意味を理解したのは
数日経ってからの事だった――。



それからの知盛は
調子が良かった。

傷口はまだ癒えることはないけど
高熱を出す機会も減ったし
呼吸を乱す事も無くなった。

もしかしたらこのまま、
完全に元気になれるんじゃないかと
私は期待していた。



「ね〜知盛。今日はいつもより、ちょっと遠くまで挑戦してみない?」

思えば私の軽はずみな一言が
事の始まりだったんだ。

知盛はゆっくり頷いて
「お前が支えてくれるなら」と、承諾してくれた。

少しずつ少しずつ良くなる左足。
それは少なからず、完治へと向かっていただろう。

それなのに
私は無茶を提案した。


「あ、なんだか今日はもう少しいけそうだね。どう、あの木まで歩いてみる?」


その木まで辿り付けば
そこは吹き抜けになっていて。
里や村を一見出来るという事を、私は知っていた。

だからこそ見せたかった、知盛に。
見せて知盛に元気になって貰おうと思った。
見晴らしの良い景色を見れば
きっと知盛も喜んでくれると。

そう思った私が

間違いだった。


木へ向かって歩き出そうとした途端。
突然、知盛の体が
地面へと崩れ落ちた。


「知盛!?」


驚いた私は
慌てて知盛の顔を覗き込む。
そこにいたのは
以前は見せなかった顔色で、うずくまる知盛で…

顔は真っ青で、体は小刻みに震えていた。
こんな症状、今まで見たことも無い。


「知盛、どうしたの!?熱っ…熱はあるの!?」


急いで額に手を当てたが
そこはひんやりとしていて、私の掌の方が熱かった。


「嘘、何で…!?」


とりあえず近くの池で水を汲み
そっと口元へ流したが、
知盛がそれを飲むことは無かった。


「そんな……」


それでも落胆してる暇はない。
ひとまず空家へ戻ろうと、
知盛の腕を肩に担いだ。

いつかもあった、こんな風景。


「知盛、もうちょっと我慢してね…っ」



無茶をさせたんだ、私が。
知盛は私に気を使って、いつもより長い距離を歩いてくれた。
本当は限界だったんだ。
最近、何もかもが上手くいってるかと、調子に乗った。


「また知盛の容態を悪化させてしまった」


それでも前は熱が出た、呼吸が荒く、汗をかいた。
それなのに今度は
顔は青冷め、体は震えて
見たことも無い顔色の悪さで、知盛がそこにいる。

目を空けている時間が
眠る時間に比べて、数倍に減った。

言葉を交わす時間すら
週に数時間程度となった。
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