第三章

□Vol.15
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「寂しい・・・?」



その言葉の意味も

この人は分からなそうだった。

その事が、余計に私の胸を締め付ける。




「あの広い屋敷で、一度でも誰かと本気でケンカしたり笑ったりした事があった?」


その言葉に、
再び知盛が押し黙る。


他人に感情を露に出来なかったと言うならば、
それは
心から許せる人物が一人も居なかったということ・・・


例えそれが家族でも・・・・。



この歳になるまでずっと
この人は感情を殺してきたのかと思うと
ぎゅうう、と更に胸が締め付けられる。






「本気のケンカ・・・。無い、な・・。
ククッ・・生憎と俺はケンカが強い方でな・・
俺が本気を出すと、皆負けてしまうのでな・・」


「嘘ばっかりっ」



ほんとに、嘘を隠せない人だな知盛は。
心底そう思う。

憎まれ口はいつもの癖。
でも本当は、『寂しい』の言葉の意味すら分からなくなってしまった、孤独な人。

憎まれ口を叩くのは
心の奥底で、本当は誰かに構ってほしいから。

それなのにそれすら他人に気付かせない様に、
器用に周りを誤魔化してしまうのが上手い人。

そんなんだから色んな人に誤解されちゃうのに・・・
それも知っててやってるから、
タチが悪いってモンですよ!


でも・・・


この旅で
知盛の色んな素顔が見えてきた。

アマノジャク。
口が悪い。
でも
本当はよく笑う。
笑った顔がすごく可愛い。
それから、それから・・。










「知盛さん知盛さん」


「ん・・・何だ?」


「これからは私が知盛と本気でケンカしてあげる!
私が知盛の本気マシンになってあげる!!」



ねっ!?と力強く相槌を求めてみたけど
知盛は「ましん・・・?」と何やら理解不能って顔をして私を見てる。


く、くぅ・・!
まるこ、カルチャーショッーーク!
これだから平安人は!プンスコプンスコ!



「だっだから、私が知盛と本気で向き合ってあげるって事!
ケンカもして、笑い合って、これからいっぱいいっぱい一緒に"本気"になろっ?
これってどーよ?」


ふふん、良いこと言った!と鼻高々にすると、
知盛は「クククッ・・」とひとしきり楽しそうに笑ったあと、





「俺と本気で向き合うのか・・・まるこは・・・。
ククッ、それも良かろう・・・


それではこれから宜しくな・・・まるこ姫君殿・・・?」




そう言って、
私を茶化したんだ。




「姫君殿ってのは気色悪いけど・・・。まぁ、まっかせなさい!私がいっちょ一肌脱いじゃるわ!」




ドンっ!と胸を張った私。





それからしばらく、
お互いが眠りに就けるまで、他愛もない会話を続けた。

私の遊郭での話や、知盛がどうしてそんなにぐーたらになってしまったのかという話や(知盛に「ぐーたらですよね?」って聞いたら、「いや・・・俺はぐうたら等では無い・・」って否定されましたよう!無自覚ほど怖いものは無いですよね奥さん・・・!!)
あんな話や、こんな話・・・








そして気付いた。




「不思議・・・・」


「・・・・・・?」


「なんか今日の知盛は、"ただの知盛"だ・・」


「・・・・??」




ハァ?お前何言っとんじゃワレェェ!みたいな非難の目を向けられたが、
そんなことで私は動じない。動じないのだよ・・!

だってそれより何より

ただの知盛、そのことにとても感動していたから。





「いつもは"平家の平知盛"だったでしょ?
でも今日は平家の屋敷からも遠いし、平なんて姓も関係なくって
"ただの知盛"が目の前にいるの。

これってすごいことだよね!?」



鼻息を荒くして言う。

だって、だってさ・・!






知盛が

いつもより近く感じられるんだもん・・。


こんなに嬉しいことって、無いよ・・・!






すると知盛は
一度は私の発言に、驚いたような顔を見せたが
すぐに穏やかな顔付きになって、





「ククッ・・・あぁ、そうだな・・。
今宵の俺は、一門も肩書きも関係のない、ただの男だ・・・。


そしてお前は 俺の目の前にいるただの女・まるこ、だな・・・・」





そう、言ったんだ。


"ただの女・まるこ"
その言葉、
顔から火が出るくらい、恥ずかしかった。


だ、だって!
知盛に出逢って以来、初めて"女扱い"して貰えたんじゃないかって思って――。




そう思ったら、
不覚にも涙が溢れそうになってしまった。





「ククッ・・・どうした?まるこ姫殿・・?」


「うっうるさい!もう寝るっ!!」



からかわれて更に顔がボッと赤くなる。
こんな顔を見せまいと、
知盛に背を向けて
ガバっと布団の奥底に潜り込んだ。



「・・・・寝るのか?」


「ハイハイっ、もう寝ますよーっだ!どっかの誰かさんが意地悪してくるんでっ!」




そう言うと
背中越しに、また知盛が笑った。



今日の知盛はよく笑う。
そして知盛が笑うと、私まで嬉しくなってしまう。





ホー・・ホー・・


近くにフクロウかミミズクでもいるのだろうか。

和む声が子守唄となり、
私の重たくなる瞼を手伝う。




そんな眠りへと誘われる中、

私は布団から頭だけ出して、知盛の方へと向き直した。





(あっ・・・!!)





そして後悔した。



なぜなら





「なっ!?か、勝手に見たらいけないんですよっ・・・!恥ずかしい・・・!」







知盛の瞳だけが私の方を向いて、
じっ・・・とこちらを見つめていたから。

う、うわ、うわわわわ!
てっきり寝たと思ってたから、超絶恥ずかしいってばよ!
美青年に見つめられるほど、気まず恥ずかしいものは無いよね・・・!



暗闇に光るその瞳は、美しいすみれ色。
怪しく綺麗に光っている。




「・・・・ククッ、何を今更・・。減るものではないだろうが・・」


「へっ減る減る!減るの!減るんですよっ私の顔は!」



いつから見られていたのだろう。
知盛に見つめられていると分かり、
眠気も忘れて、また顔が赤くなってしまう。





「ククッ、はははっ・・・」


「む、むぅ。笑ったな・・私もいつか知盛の寝顔凝視してやる・・・!」


「クッ・・・どうぞ?ご自由に・・」


「む、むかっ・・!」






そうこうして、夜は更けていく。

初めて
"ただの知盛"と夜を共に過ごした。


この夜のことは、きっと一生忘れない。





そうして私はこの時誓った。



私はこの人と・・知盛と、

本気で向き合っていこう、と。



そして、

知盛の寂しさに気付いてあげられるようになろう、と・・・。




本気で向き合い、
寂しさに気付いてあげられたなら

知盛はもっと、皆にも打ち解けてくれる様になるのかな?



そんなことを思っていた。






しかし―。


知盛と私が

本気で互いを向き合えた後はいつも。




冷酷なる別れが待っているだなんて。




この時の私には

まるで想像も出来なかった。
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