第三章

□Vol.14
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「邪魔して悪かった。んじゃ、俺は立ち退くわ。…だが知盛、」


「?」


知盛の名前が呼ばれたから
釣られて
私も知盛を見上げた。




「こんな事、いつまでも続けられると思うなよ。父上だって、バレたら黙っちゃいないだろうからな」


「……」


「んじゃ」



それだけ言い残すと
また来た時みたいに、
ずかずかと豪快に音をたてて部屋を出ていく。



そして襖に手をかけようとした所で、
重盛さんが振り返って
私に言った。



「まるこっつったか?」


「え?」


「お前、きっと後で泣き見るぞ」


「?」


「そいつに近付いた女の末路だ。ま、俺も大概人の事いえた柄じゃないけどな。…でも、」










「戻れる道なら、戻っといた方がいい」




「…っ!」







それだけ言い終えると
じゃあな!って、
重盛さんは去っていってしまった



残された私と知盛は
最後の重盛さんの言葉のせいで

ちょっと何だか、

少し気まずい。






「あ、あ〜。知盛さん?」


それでも何とか会話をしようと、
横目で知盛を見上げたら。

無言で立ち上がって
知盛までも、
そのまま部屋から立ち去ってしまった。


残された私は
今度こそ一人。






「…はあああああ。まったく、重盛さんも余計な事してくれたよっ」


知盛が居なくなったのを確認すると、
盛大な溜め息と共に
床になだれ込んだ。



「せっかく知盛といい雰囲気だったのに…」


少女漫画風にいうなら
『グスン』なんて効果音が入りそうな、今の私の心境。




「もおおおお…」


はああああ、と
また盛大に溜め息をついてやる。



重盛さんの空気の読めなさに涙、涙ですよ、ほんとに…。





「はああ」


もう一度、
盛大に溜め息をついた。




「でも、」


重盛さん、言ってた。
『知盛の傍にいると泣きを見る』って。

…そんなの、分かってる。

知盛は属にいう色男で、
男前で。
ちょっと性格はアレだけど。

やっぱりモテる人だから。
色んな女性から人気あるのなんて知ってるもん。

…だから、泣きを見るなんて
覚悟の上だよ。


知盛の言動に、
いちいち期待してしまうけど。





「…いいんだ。私、もう逃げない事にしたから」



泣きを見たって大丈夫。
それでも今は、
知盛の傍にいたいから。



でも…


『知盛さん、母はあなたの将来が不安なのです』


「…っ、」



突然、思い出す。
ちょっと前、
六波羅の屋敷で話していた、知盛と知盛のお母さんの話していた内容を。





「違う…私は遊びなんかじゃない…」


思い出しながら、
ぎゅっと着物の裾を掴む。



『女官に手ばかり出していて…』


「ちがう、私は女官じゃない…っ」




『その上、本気にさせて身篭らせるなんて…』


「私、そんな関係じゃないもん…っ」





『本気じゃないなら手を出すのをお止めなさいな』


「あ…。…私、一度手を出されそうになった事ある…」





『もし本気で好きだというのなら、側室になさい』



『側室にしないのなら、手を出してはいけません』



『いいですね、知盛?あなたはこの、平家の一族なのですから』





『生半可な女遊びなら、今ここで終わりになさい』









「私、は……」


知盛にとって
どの位置にいる女なんだろう。

分からないから
時々恐い。


汗ばむ掌を開いて眺めながら、
呟いた。







「それでも私…」



今はまだ、
知盛と居たいんだ…――。


眺めていた掌を
ぎゅっと強く握り返した。


ぽつ、
ぽつぽつ…


生暖かい雨が降り出し、
やがて辺りは霧がかった景色となる。


いまの私の気持ちのように
うまく先まで見えなくなった。



―つづく―
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