短編

□僕のそれが空気なら。
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「那岐、一緒に帰ろ?」


昇降口で靴を履きかけていた後ろ姿が目に止まる。

…那岐だ!

私は嬉しくなって、駆け寄った。





短編 僕のそれが空気なら。

那岐

Present for NORIKO





「ああ、もうなんだよとんこ。暑苦しい」

いつもみたいに、
うざったそうな顔をして
私の腕を振り払う。



「ああっひどいなもう。せっかく家が隣り同士なんだから、たまには一緒に帰ろうよ」


そうなんだ。
この人は私のお隣に住んでいる、那岐。
同い年なのに、すっかり大人びて・・・というか、憎たらしい少年といった方が正しいか?
一癖も二癖も持ち合わせた人間像で。

なによりも、
私の大切な幼馴染なんだ。



「今日は千尋、居ないんだ?」

「別に。どうだっていいだろ?」


葦原千尋。
彼女もまた、私と幼馴染で

那岐の中で、特別な存在の女の子―。



私たち三人は
家も近いし、歳も同じってことで
小さい頃から仲良し・・・・の筈、なんだ。


なんだけど・・・


「那岐、最近ちょっと冷たくない?」


私が口を尖がらせてそう言うと、
眉間に皺を寄せたまま
「ハァ?」と不機嫌そうな声を出した。

そうそうそれっ、その態度!



「なんか、ことある事に冷たい気がする」


「・・・そういうの、何ていうか知ってんの?」



不快そうに瞳を閉じて、
重々しくため息を吐いていった。





「自意識過剰・・・っていうんだよ。わかった?」


うっ



「そ、そんなことないもんっ。ホントに近頃冷たいと思うもんっ」


「ハァ。ないね」

「ある!」

「ないって」

「あるって!!」


飛んでくる言葉に勢いのまま言い返してしまって、ハッとした。



あちゃ〜〜・・


案の定、那岐の顔はここ一月で一番不機嫌そうといってもいいくらい、
眉間に皺を寄せ
口元はしっかりヘの字に歪んだまま

冷めた瞳で私を見てた。



「・・・・とんこ」


「・・・・はい」


「僕、とんこのそーゆーとこ、すっごいめんどくさくてキライなんだけど」

「っ!」


ぐさぐさぐさっ

更に何本かの矢が胸の真ん中辺りに突き刺さる。

な、なんてことを・・・那岐・・・っ



「あーあ。なに、その顔?まさか泣き出すとかしないよね?この歳にもなって」


昔からこの表情は変わらない。
那岐の人を見下すときの態度。
斜め上から私を見下し、歪んだ笑みを口元で作る。
だけど目は笑ってないんだ。
そーいう男。


「泣かないし!」

「ふん、強がっちゃって。とんこの泣き虫は昔から有名だろ?何を今更・・・」


呆れ顔のこの男に
私はとうとう堪忍袋の緒が切れた。

なんて・・なんて生意気な男に育ってしまったんだ!!
幼馴染として、私は悲しい!!



「なっ、那岐なんかねぇっ」

「なに」

「なっ那岐なんかぁっ!」

「だからなに」


相変わらずのこの温度差。
その中で
私は、暗黙のタブーとされていた言葉を解き放ってしまった。


「いつまで経っても彼女の一人も作れないくせして!なっによエラそーにっ。
どうせ千尋に手を出し切れなくて、ウヤウヤムヤムヤとか、そんな感じなんでしょっ」


ふーんだっ、とプイッと顔を背けてやる。
んだけど・・・




「・・・・・」



あ、あらら?

応答がない。


あ。あれ?
私の予想では、ここで
「は?何馬鹿なこと言ってんの。彼女なんかめんどくさいから作らないだけだし。なんでここで千尋が出てくんの?
やっぱりとんこは馬鹿だね。大馬鹿者だ」
っていう、超絶辛口な那岐先生のお言葉が聞けるモンだと思っていたので

思わずぽかんと瞳を開いた。



「・・・・那岐?」


「・・・・・・」


「も・・もしもし。那岐さ〜ん?」



立ち止まったまま、那岐は何も言わない。

ま、まさか・・・!?
これは地雷を踏んでしまったか!?

私は慌てて、那岐の肩に手を伸ばした。
けど、
触れようと思って伸ばした手は
那岐の腕によって止められた。
その華奢な外見からは想像もつかないくらい、強い力で。



「っ、那岐・・?」

「・・・・・・あのさ、」



ようやく開いた声色はいつもよりも重たくて



「とんこは僕のこと、何だと思ってんの?」


ぽつりと吐き出した那岐の言葉が
生暖かい残暑の風と共に、私の耳を掠めていった。
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