第三章

□番外編 引っ掛かり
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番外編 箱入りむすめのススメ

引っかかり:将臣



「なに塞ぎ込んでるんだよ、兄さん」


ふと気がつくと
片手に湯気のたったマグカップを持って、譲が目の前に立っていた。


「ん、あぁ…譲か」


自分でも気が付かないくらい
どうやら考え事をしてたらしい。


「まだ起きてたのかよ」

「期末テスト前だし、当たり前だろ?勉強しない兄さんの方がおかしいと思うけど、俺は」


淡々と語り続ける。
相変わらずな弟。
テーブルの上に置かれたデジタル時計を見ると、既に深夜1時を回っていた。


「テスト勉強も程々にな」

「兄さんに言われたくないよ」


その返事に
ハハッと乾いた笑いで返した。


「…兄さん、最近変じゃないか?」


「え、…。そうか?」

「…今だってらしくも無く塞ぎ込んでたみたいだし」


話が長くなりそうだと感じたのか
もう一つマグを持ってきて、
そこに暖かいココアか何かを注いで俺に手渡す。


「甘いの苦手だって言ってんだろ?」

「何言ってるんだよ兄さん。疲れてる時にはちょうど良いんだよ。飲めよ」


そしてぽすっと隣りのソファに腰掛けた。
反動で俺の体まで揺れる。


「…最近俺がおかしいと思うか?」


意味も無く話を切り出した。
メガネを二度三度持ち上げ、譲は大きく頷いた。


「ああ、変だと思う」

「そっか…」


即答だった。


「でもな、俺は最近の望美の方がおかしいと思うんだよな」


ふと視線を宙に仰いだ。
望美という単語に反応した譲は、これまた大きく頷いて「俺もそれは思う」と返事を返してきた。


「やっぱり譲もそう思うか?」

「…あぁ。兄さんも先輩も、最近やたらぼーっとしてるし、話かけても心ここにあらずって感じだしね。何かあった?」


ふーふーと息で冷ましながら、
液体を一口すすった。
それは譲が勧めた、やたらと甘いココアの味がした。


「俺にもよく分からねぇんだ…」

「分からない?」


譲は顔をしかめた。


「そんなのおかしいって思うだろ?自分が塞ぎ込んでる理由が、自分でも分からないなんてよ」

「……」


黙ったままの譲。
手に持ったマグからは、ゆらゆらと甘い薫りが漂っている。


「ただ、…呼ばれてる気がする」

「呼ばれてる?誰にだよ」

「それも分かんねえ」

「はっ、兄さん。寝てないだろ?今日はもう寝たほうがいいよ」


ちょっと馬鹿にしたように笑ってから立ち上がり、
ぐいぐいと背中を押してくる譲に
成されるがままに部屋へと強制送還された。


「兄さん、疲れてるんだよきっと」

「そんな訳ねえよ」

「遊びすぎなんだ、はい、これでも飲んでもう寝ろよ」


バタン。
無理やりに押し付けられた甘すぎるココア。

違う。
疲れて幻覚を見てるわけじゃない。

確かに呼んでるんだ。
誰かが俺を待ってる気がするんだ。


「望美なら何か…」


知っているかもしれない、と部屋のカーテンを開けてみたが
家が隣り同士で、真正面にある望美の部屋の明かりは
既に消えていた。


「…もう1時だ。さすがに寝てるよな普通…」


ポリ、と頭をかいて
ベッドに腰を下ろした。

ふと気がつくと
手が震えている。


「…熱い」


ぎゅっと握り返してみる。
そういえば、最近見た夢でも
俺は強く拳を握っていたっけ。


それは数週間前のこと。
普通に眠りに着いたら
いつの間にか俺は船の上に居たんだ。

足元には波が揺れてる。
でも拳は固く握り締めていて
なんでか、すげー悲しくて悔しかったような夢。

それがどうしてかなんて分からなかったけど


「とりあえず印象深い夢だったよな…」


悔しさが夢じゃなかった。
夢から覚めても、どうしてか
その日一日は悔しさが募り募っていて、望美や譲にまで「今日なにかあったの?すごく機嫌悪いね」なんて言われちまったっけ。


「確かに変だな…」


なんていうか、
こう、頭ん中にモヤがかかってる感じ。
ハッキリしなくて気持ちが悪い。




……ザブン……


夢で聞いた
何かが水面へ落ちる音が、耳から離れないんだ。
どうすればモヤは晴れる?
どうすればそっちへ行ける?


俺は、どうすれば――。


−番外編 おわり−

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