短編

□優しい琵琶の音。
1ページ/5ページ

「経正殿!」


ふくれっ面で仁王立ちする私に
目の前に立つ穏やかな瞳をした彼は微笑む。


「どうされましたか、とんこ殿」


私と経正殿の関係は
親同士が決めた、ただの許婚に過ぎなかった。





優しい琵琶の音。
        平 経正






私は地方の豪族の出身で
この度、経正殿の元へと都入りする事になった。
つまり、婚約するのだ。
もうすぐ成人を迎える私にも、ようやく春が来るのだと思っていたのに。

生憎、私の未来の旦那様は上の空。



「私の話、ちゃんと聞いて下さってます?」


挙式まで時間がある。
式までの間、
私は経正殿方が住まわれる、平家一門の屋敷に
身を置かせてもらえる事となった。



「ええ、聞いてますよ」

「嘘」


朝夕晩も。
いつ会おうと、上の空なこの御方を。
私はついにとっちめる時が来たのだと悟った。



「経正殿!」

「は、はい」

「今日という今日は、ぜーったい。私のお願い、聞いて頂きますからねっ」


相変わらず、のほほんとした経正殿の腕を取り
そのまま屋敷の外へと連れ出した。

ふん、見てなさいよ。
豪族出の娘を、なめちゃあいけないわ。


されるがまま引っ張られる経正殿は、
床の段差があるたび
「ああ」だとか「おお」だとか
やっぱり相変わらずのほほんとした返答を返す。



「…ほんっと、経正殿と私って、正反対な人種なのかも…」


「え?何か言いましたか?」


「…いえ、何も」



私、本当にこのおっとりちゃんな旦那様と
うまくやっていけるのかな…?



本日何度目かのため息が漏れた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ