短編

□晴れ 時々あまのじゃく
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「貴女という人は、本当に使い物にならない女官ですね」


そう言って
今では私に冷たい惟盛さま。
私はそんな惟盛さまが好きだった。



晴れ時々あまのじゃく



「惟盛さま〜。私にも舞いを教えて下さいませ〜!」

「あーっずるい。私が先に教えて頂く事になってるのよ!ね、惟盛さま?」


惟盛さまは屋敷中の人気者だった。
切れ長の瞳に、美しい顔立ち。
その上、
優雅な立ち振る舞いで武芸も舞いも踊れるときたら、
それはもう人気者になるしかない訳で。


「はぁ」

今日も私は隅で独り、
溜息を漏らすのだった。



『おや、見慣れない顔ですね』


初めて声をかけて頂いたのは
私が六波羅のこの屋敷へ、女官として入ったばかりの頃だった。

先輩達に「遅い」と叱られてしまわない様、
一生懸命に床を磨いていた私に
惟盛さまは話かけて下さった。


『は、はい!新入りのとんこと申します!あ、こっ…こんな格好でご挨拶してしまってすみま…ぎゃっ!!』


慌てて立ち上がろうとしたら
雑巾を洗うための水入り桶を思いっ切り蹴飛ばして
惟盛さまの目の前で
盛大にズルッとコケてしまったのだ。

…最っ悪。


『こ、こここ惟盛さま!申し訳ございません!ぬ、濡れませんでし…っ』


濡れませんでしたか?
そう聞く前に
白くて綺麗な手を差し伸べられた。


『そんなに慌てなくとも大丈夫ですから。ほら、お立ちなさい』


そう言って
私の濡れてしまった着物を、持っていらした綺麗な布で
そっと拭いて下さいました。


『あ、ああっ惟盛さま!そんな、悪いですっ。惟盛さまとあろう御方がこんな…!』


そんな恐縮してしどろもどろな私を見て、
惟盛さまは優しく微笑んで下さった事、
私は今でも忘れない。



『とんこ…ね。覚えておきましょう』


そっと呟いて下さったその一言。
女官として入りたての不安だらけな私に
どれだけ大きな安心感を与えてくれたか。
その大きさは測りきれないものになった。
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