ブック5
□逢魔が時
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「?」
自分が信玄の事を敬愛しているなど、佐助は重々承知な筈だ。意図がわからず答えないまま首を傾げる
佐助の目が細められた
「内々の話なんだけど、大将がね…旦那の事養子にしたいらしいよ?」
「?!」
思ってもみなかった話に驚いて思わずぽかんとしてしまったが、すぐに気を引き締め佐助を睨んだ
「嘘だ」
「どうして?」
「どうしても何も‥お館様には勝頼殿がおるではないか」
「旦那の方が優秀だし可愛いからじゃん?」
「佐助!!お前‥」
かっとなって幸村は思わず腰元の短刀を掴もうとし―動きを止めた。
音もなく伸ばされた佐助の手が、幸村のくびをしっかと掴んだからだ
「………」
「‥嘘なんかつかないよ。俺様、もしそう言われたらどうするのかが聞きたいだけ」
「…聞きたいだけなら、この手はいらんはずだ」
「あは、可愛くない」
乾いた笑みを浮かべ佐助が一瞬手に力を込める。顔をしかめたら佐助の笑みが色濃くなり、幸村の背が僅かに震えた
「‥そんなの…わからぬ………なぜ今この時にそんな‥‥」
「分かんないの?養子になったら、いずれは武田の家の人間だよ」
「っ‥!」
どくん、と胸が鳴る。
武田の家ということばに、ある思いが芽生えさせた
(‥‥某、は‥)
「うん?」
「‥、は‥」
「‥旦那?」
斜陽の色味が、茜髪の忍の髪を更に深みに映させている
その色彩に、見惚れ、隣にいるのに手に入らない忍の名前をまた心の中でだけ呼んだ
「真田の主家、武田に入れば‥」
「‥うん‥」
「……戻ってきてくれるのか?武田に入れば‥」
首に吸い付く手に、そっと幸村は手を触れる。
「‥」
「……佐助…?」
「ありがとう‥」
嬉しそうな顔をした、佐助の弧を描いていた口がゆっくりと呟く
陽に背を向けて影になったその眼が、真っ黒だった事に幸村は気付いた