ブック5
□逢魔が時
3ページ/5ページ
戦国時代でも通例になっている、長男が家を継ぐという慣習。それは当然、家の一番のものを家督が譲り受ける事だ
だから勿論、信之が元服をした時に佐助は信之の専属の忍になり、真田衆の若き頭目になった。
それから、佐助は前の任務であった幸村の世話係という役目から離れた
求めて仕方がないのは自分でも解っているのに、佐助の態度に踏み入れられない。あの日から完全に自分との距離に一線を引いた『猿飛佐助』に、今までの佐助は任務と割り切って接していたのだと知った
あれから、年経った今でも佐助の態度はあの時と同じだ。
過ぎた歳月で変わったのは自分だと幸村は皮肉げに思っていた
「源次郎さまー?何々?」
「佐助は意味のない嘘をつく。というより忍は嘘の塊だとわかった」
「え、何か言った?」
「別に。聞こえていた癖に振りをする忍は信用出来ないといっただけだ」
「黙っていたくせにいきなりそれ?というよりさ、忍にそんな事をいうのも変だよ」
「変ではござらぬ!情報収集をしてくれる者とは蜜に係わるものだとお館様もおっしゃっていた!それに忍とか武士とかは関係ござらん!」
思わず叫んだ幸村を、佐助が慌てて口を塞ぐ。
はっとして幸村もその上を自分の手で塞いだ
「……ふ、ふはぬ‥」
「……源次郎様、声、でかいよ…くっく。ムキになると素が出ちゃうね」
「ふぐ〜‥むむむ」
「にしても、こんだけ騒いでも気配とかはしないから大丈夫みたいだね‥逆に潜んだりする気配もないし」
ちら、と背後を伺い幸村の口から手を離す。
「ふぅ、す、すまぬ‥。」
「―旦那」
幸村の目が見開く。
佐助が、うっすらと弧を描いて笑みをかたどる
嫌な予感はしたが、佐助に何を言われるのかと奇妙な期待感で胸は跳ねた
「旦那は変わったね」
「…え」
「あの頃よりも随分と大人しくなって、本なんか読み始めて。今じゃ昌幸様に優るとも劣らずな智将だ」
「…そ、それは……」
本を読み始めたのは、佐助が離れてからだ。最初は態度が一変した佐助が信じられなくて、答えを何か別のものに必死に求めた。
(あの時は、何かしかたがない理由があったんだと思い込みたくて、近くにあった父上の書物を読んでいただけだ‥)
結局は、欲しいものは得られなかった。それでも、諦めきれなくて色んな本を漁り、何度も読み返した。
答えを求めたのが本であっただけで、学びたかった訳ではない。けど、そうして得た知識が役立つならと兄を、引いては家を助ける為に貢献しただけだ。
(それで、知った筈だ。佐助は忍の任務で世話をしてくれていただけだと。なのにまだ、本を読んでいる)
本人に直接聞けばいい。それが一番早いし、昔の自分もそうした筈だ。
でも今の自分は、そう思えなくなった
(忌々しい‥佐助の馬鹿忍)
突然自分を旦那と呼んだり、そうしたいだけという言い方や首を傾げる仕草。
幸村の傍にいた時、昔ずっとそうやっていた動作だった
なぜ今この時にそんな事をしてくるのだろう
佐助が何をしたいのか分からなかった
「―後ね、旦那はさ。お館様の事、好き?」