ブック3
□右へ行く者左へ逝く者
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近づく事を許された以上は互いに歩み寄るのは当然な筈なのに、それは何故か政宗しか進んでいない。小十郎は前と何ら変わらず、むしろ素っ気ないのだ
(……もしかして、俺とアイツが思っている道は違うのか?)
小十郎が言った意味は政宗ではなく、奥州伊達政宗としてだとしたら。
不安が渦を巻くが生来気が急いだら行動する質である。相手の気持ちを確かめるべく、政宗はある計画を考えていた
「てつはう、って知ってるか?」
「てつはう、と言うと‥何時かの火薬玉で?」
「惜しいな」
戦の事には話にも脂がのる。政宗は広げた図形を指して、最近噂になった種子島の絵や図柄を説明した
「―火打ち石で詰めた火薬を発火させんだ。」
「距離はどの位で?」
「さぁねぇ、この武器の大きさからみると強弓と同じかね。威力は比較になんねぇらしいが」
口では問答しつつもチラチラと小十郎をみる。何時もの様に後ろへ上げた髪が一房ほつれて顔にかかっており、意味もなく胸が鳴る
(Shit…俺は阿呆か。それだけで何ドキマギしてんだ)
既に愛姫もいるのに、とぶつくさ呟く政宗へふわりと小十郎の手が触れる
「…へ?」
「―政宗様、この傷は如何いたしたのですか?」
こつりと、親指が既に乾いて忘れかけていた頬の切り傷を触れる。
節くれた固い指の感触に一瞬何かを感じた気がした
「っ、あ、ああ。これか?今日の稽古で付いた傷だ、気にするな」
「…今日の相手は確かあの野郎でしたね」
「おいおい、しばくなよ?小十郎‥」
「筆頭、いやすか?」
向かいの廊下から家臣の一人が現れ、政宗へと声をかける
離れた指を名残惜しく思う未練を押さえ政宗は相手へと向き直った
「―おぅ。どうした?」
「あ、はい…愛姫様がお見えです」
「OK、ここへ通せ」
「へぃっ」
一礼し去る家臣に小十郎も腰を上げる。しかしその肩を政宗の手が押し止めた
「政宗様?」
困惑した声に政宗はニヤリと笑う。ここで小十郎がいなくなっては仕掛けた意味がないのだ
「小十郎、ここにいろ。」
「しかし‥奥方様が‥」
「構わしねぇ、それに正室といってもまだ形だけだ」
愛姫は政宗の正室で、田村家の姫君だ。
許婚というか、政宗の小さい頃に話が決まった政略的なものなのだが関係は上手くいっている
同じ城には住んでいないが、時たまこうして屋敷へとお忍びで来ていた
(小十郎、居心地悪そうだな…可愛いぜ―‥じゃ、ねぇ!!あいつには愛姫に持たせた酒、たっぷり飲んで貰わないとな)
計画とはいたって単純。屋敷に時々遊びにくる愛姫をそれとなく誘い、土産で持たせた酒を小十郎へ飲ませる作戦だ
頃合いの時に小十郎の元へ行き、時間を稼いで愛姫が到着するのを待ったが案外上手くいった。
そう思いついニヤつく政宗の前に小さな日本人形の様な少女が家臣が消えた角から現れた
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