ブック3
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上座に座り、きょとんとした顔をして部屋に入ってきた小十郎を見上げてくる二つの瞳。
片手の指の数と同じ位の年であろう見知らぬ子供が、なぜかそこにいた
「‥?」
小さい。この頃の子供は小さくて当たり前だが、目の前の子は華奢でやせぎすの体格をしている。明らかに栄養不足だ
着ている服が上物なだけに、奇妙な印象を受けた
「‥坊主、どうした?うちのもんじゃあない、な。何処の子だ」
「…」
じっと大きな眼でこちらを見るが、返事はしない。
(……参ったな)
子供は好きではない。なのに、後からやってきた父親に、この子供が自分の主君だと伝えられるのは間もなくの事だった
「政宗様!」
滑るように馬の鞍から降り、政宗の背中に立つ。抜きざま放った刀は兵士の胸を斬り、相手の悲鳴に弾かれたように政宗がこちらを向いた
「‥Hey,小十郎。遅かったじゃねぇか」
「何をおっしゃいますか!前線に出ていかれるなと昨日あれ程言いましたのに!」
「おいおい、着いて早々にいきなり小言かよ?」
やはり、脂を拭き取らなくてよかった。口では諫言しつつも頭はそう言う
敵兵に囲まれていた政宗に、鍔を鳴らして構えた
「またこんな所で暴れていては、こちらの身がもちませぬ。ご自重なさって下され!」
「歳か?」
じろりと横目で睨む。
jokeだぜと肩を竦めつつ笑い、主君はなぜか淋しそうに言った
「退屈なんだよ。何も、かもが」
「?」
「奥州周辺の統一なんか、あと1年ちょっとで始末がつく。だがな、それまでずっとこんな戦なんだぜ?」
「…それでわざわざ、前線に?」
「…Ha!ぞくぞくするような強敵もいねぇ、一泡吹かせてくれる軍師も出てこねぇ。ここは退屈すぎて、死んじまいそうだ。だから少しでもスリルってやつを味わわねぇとな」
「馬鹿な事を!」
「怒るなよ、小十郎。ただの暇つぶしだろ?」
笑ってやり過ごせば、政宗は一気に腰元の四つの刀を全て抜き、疾走する。
「お待ちをっ‥政宗様!全く、世話のかかる‥!!」
毒づくようにそう言うと、小十郎もまた政宗と共に駆け出していた
「……なぁ小十郎、いい加減、機嫌直せって」
茶を三服飲んだ頃、政宗が小十郎に困ったように話し掛ける。
額に血管がうっすらと浮いているのはかなり本気だという証拠だ。前線に出るのなんて初めてではないのに、何故こんなに怒っているのかわからなかった
「悪かったよ、勝手に本陣から出ていったのは。だから無視すんな」
「‥政宗様。私は前線に出られた事に対しては怒ってはいません」
伏せていた瞳をあげて視線を小十郎に向ける。
なぜか部屋の壁に顔を向け、その表情は見えなかった
「あの時貴方は退屈だと‥言いましたね…」
「あぁ、そうだな。」
「…奥州に、貴方様の居場所はありませんか?」
「……。」
疼く右目に、無意識に手を置く。
過去に置いてきたものを感じて、それを取り払う様に手にした煙管を置いた
「―‥ないな。強いて言えば、俺の帰る家は何処にもない。それはお前も知ってるだろ?」
「……」
「奥州に俺の居場所はない。…でも、帰る所はお前の背中だぜ?」