ブック3

□ただかつ、待て!
3ページ/3ページ




自分の隣に座るこの男は相手のことを過大評価も過小評価もしない。
ただ道具として使えるかどうかが信長の人への基準であると家康は思っている


追従など露ともしない気性の持ち主。それに、今回は上座の席を設けられるほどの功績も、はっきり言えばない
なのにこの破格の待遇をする信長に、一体何の魂胆があるのかとむしろ肝の冷える思いで座っていた


「ときに竹千代よ‥」


「はい」


「うまいな‥」


「そうですね」


「あれは酒を嗜むのか?」



誘われて信長の視線を見れば、屋敷に入り切らず庭先にて佇む黒い影。


にこりと笑う。

信長の言葉と共に何人かの目が自分に走ったのを見て、ようやくこの宴の意図がわかった気がした


「忠勝ですかぁ、あれは全然だめですよ、酒も遊びも」


「主の好きな鷹狩りにも、か?」



鋭い指摘にぐっとつまる。本人が興じているかどうかはともかく、忠勝は信康の鷹狩りの時にはなぜかいつも付いてくるからだ


「あ、そうですな。鷹狩りならばあやつも行きましょう」


「そうか…」


その答えにそれきり言い、沈黙する
そう言わせたかったはずなのに、どこか不機嫌である信長に家康は結局自ら申し出ることになった


「では今度にでも、忠勝を連れて鷹狩りへ行きましょうか。」


言いつつ信長に酌をすると誰かがクスリと笑う声がする


そこには、岩のような体躯に簡素な鎧を纏う男の隣に座する白い男が座っていた


「半兵ゑ」

腹に重くのしかかる低い声で、ポツリと男がたしなめる。
それにおとなしく頷き、家康に会釈をするとその後はまるでそこにいない様な静けさを持って宴に興じた

隣にいる秀吉の影に隠れがちだが、確かあの人物は―


(計略を考えたのが、もしあの男ならば…こりゃかなわんな)



頭を掻いて家康は早々にあきらめる。計略では勝てる相手ではないのだ、少なくとも今は‥


それから家康は注がれる酒を流し込み、宴が終わるまでの間只々どうやって庭先にて佇む影…忠勝を説くか、それのみを考えていた
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ