ブック2

□八重桜と影法師
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桜が咲くこの時期になると、真田家は此処へ一族と部下を連れて花見へ行く。
人の行き交いが外れた日にゆくので、山桜は時期が外れて見に行く事はできない。なので山桜より花開くのが遅い、人里桜と呼ばれる八重桜を観に行くのがいつのまにか定例になっていた

年に一度の無礼講として多くの真田家の武士達が酒を酌み辺りを行き交いしていたが、誰もその上にいる少年に気が付かない。少年も誰も自分を気にかけない事を当然に受けとめている態だった




桜の花びらが咲き乱れる、八重桜の並んだ並木街道
その多重ともいえる花吹雪の舞う木の枝の上で一人の少年が空を眺めていた


「さすけー。さすけー、どこだー?」

「……」

ふ、と首をずらし下を見る

藍色の衣に袴、栗色の髪をし、長い束を一つに縛り上げて結んでいる幼子が、大人達の足の間を擦り抜けてよたよたとこちらへ歩いてくる。

体重がないかのような身軽さで少年、下忍の佐助が弁丸の前に降り立つと首を垂れて礼をした


「お呼びで」


きょとん、とした顔で自分が呼び出した忍をみ、なぜか首を振る。


「‥んん。しーとび、さすけのほうでござる」


子供は自らが呼んだはずの相手を否定するように言う。
その事に忍は困ったように眉を寄せた


「弁丸様、しかし‥」

「さすけが、良いのだ!」


口元を布で隠したまま、忍はため息をつく


「‥猿飛ではなく佐助の方で?」


「うん!」


立ち上がり伸びをすると口元の布をずらし、佐助と呼ばれた忍は途端明るい表情を浮かべた


「やっほー、弁丸様!一人でこんな所にきてどうしたの?」


「おお!さすけー!」


一気に性格が変わり、手までよろしく振った佐助に弁丸は怒るどころか目をキラキラさせて喜んだ


「さすけー!」

「ハイハイ。で、弁丸様は一体何用でこの佐助をお呼びに?」

「さすけ、さすけ。あのな、それがしは今、毬をさがしている途中でござるよ。」

「毬?そりゃなんでまた?」

「父上のせいでござる!父上に、ほしい毬が売ってあったので、ほしいと言ったら、父上は獲ったらくりゃてやると、こうた毬を蹴っ飛ばしたのでござる!」


「毬を?」

「うむ!」

「へー‥で、蹴っ飛ばされた毬を探しているの。やっぱ変わってんなぁ、あの方は」


「んん!さすけもそう思うか!」


「思います思います。ところで、弁丸様…俺様の背中にあるものって何だかわかります?」


「んー?」

そう言われて素直に忍の背中を回りこんだ弁丸からきゃあと悲鳴が上がる。


「さすけ、さすけ!毬だ、毬がある!」


「えっ!ホント?!」


「すっ、すごいでごじゃるうぅぅ!!!」


弁丸は興奮すると、ろれつが回らなくなる。
ぴょんぴょん跳ねる子供に赤の布地に金の刺繍がされた蹴毬を渡し、佐助はニッコリと笑った






真田弁丸は、今まで類をみない位のいたずら小僧で有名であった



次男とはいえ、真田家の子である弁丸に主君への敬いこそあれ、対等に接するものはほとんどいない。
それが上に立つ者の当然と教えられても弁丸にとってそれがどうしても嫌だったのだ


佐助は、そんな欝憤をいたずらへと発散させていた弁丸と偶然出会ったのがきっかけであった



「まりー、まりー」

「……」

小さな紅葉の中で転がされる毬は、弁丸の頭と同じ位の大きさだ




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