ブック2
□八重桜と影法師
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眉を寄せて黙って聞いていた弁丸が、死ぬという単語に敏感に反応する
「分からないのか?」
「わかりませぬ!なぜですか?」
「そうか」
首を横に勢いよく振るわが子に頷くが、昌幸に答える様子はなかった
(残酷な子供だ)
ぽつりとそんな事を昌幸は思う。
忍は過酷な運命を背負う。人でありながら人の道に外れた生き様を強いられる
だから心を殺すのだ
人に絶望しないように
醜い我々を嘲笑わないように
「父上?」
「相わかった!ならば弁、そなた自身で解る時までその胸に閉まっておけ。なぜならば今のお前には解らない答‥人の機微など悟る事などまだしなくても良い」
「ですが、しかし!」
「いずれ、嫌でも分かる事ぞ。」
その言葉よりも目に宿る父の鋭い眼光にぐっと弁丸は黙る。
自身の頭の上に乗せられた大きな手が弁丸の髪の毛を撫で回し、くるりと向きを反転させられた
「‥」
「それよりも、佐助と遊んでおいで。いずれ、今日この日が眩しくなる日が来る」
「……?」
「さ、お行き」
不満げな顔つきのまま、それでも素直に去っていく小さな背中に信之がほぅと息を吐いた
「―‥父上もお人が悪いことで。ですが、驚きました。童子の弁丸があんな事を言うとは」
「…佐助は、奇妙な主人に仕える事になるかもしれぬな。」
「は?」
「いや」
長男の酌を受けながら、次男の専属忍となった忍を頭に浮かべふと寒気を覚える
十二の子供が一人で既に侍十人分の働きを見せる少年、猿飛佐助。
我が家に仕えて半年が経つが、忍び殺しと陰で言われる位の激務を、けろりとした顔で仕えているのだから頼もしいというよりは末恐ろしい忍だ
(なのに、主人があの子か‥)
その有能な力よりも、心からの笑顔が欲しい。
そんな主人に忍はどう答えるのかは解らないが、大真面目で答えた子供の顔は、心の中にしっかりと焼き付いていた
「はてさて、何の因果やな…」
未だ見据えられない若い主従の未来に、苦笑しつつ父は花びら毎杯の酒を飲み干した
→刀、鞘に収まり.