ブック2
□八重桜と影法師
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「父上!」
毬を両手に弁丸が大きな声を上げる。小さな桜の木が花咲く街道から少し離れて植えられた場所に二人の侍がいる
弁丸の上げた声へと同時に振り向いた
「おお、戻ったか、弁」
「うわ、父上、こやつ本当に毬を持ってきた」
一人は枯葉色の髪を月代に結い、弁丸によく似た目元。年は三十代に見えるが、実際は既に五十の一歩手前だ。もう一人は黒髪に背筋の真っすぐ伸びた、背の高い青年だった
弁丸は青年に一礼をすると、男の掻いたあぐらの上に座った
「よしよし、見つけてきたのか。えらいな、弁」
「どうせずるをしたのだろ?弁!」
「兄上はいじわるだ!いーっ!佐助が見つけてくれたのだ、ずるではない!」
父と兄が苦笑したまま視線を交差させる。気付かず弁丸は両手にある毬を掲げた
「父上!これはお返しします!」
「何?」
「弁はまっこと欲しいものが見つかりました!ですから、この鞠はお返しいたしまする!」
「ほぉ、欲しいものが見つかったと?ではその毬はいらんのか?」
「はい!」
「真田家家訓、九つになるまで欲しいものは一つしか所有しない。これは父上が決めたやつだが、弁、真に良いのか?ならば蹴毬はこの兄が貰ってもいいか?」
「どーぞ!二枚したの兄上」
「げ」
「はは、二枚舌か。一本とられたな、信之」
(ふぅむ)
小賢しいような顔を浮かべて、そのくせに真摯な瞳を浮かべている。
つるりと顔を撫でた
「二枚舌など、父上にだけは言われたくありませんね」
「まぁそうむくれるな。で、弁、何が真に欲しいのだ?」
「佐助の心、でございます!」
ぶっ
隣にいた信之が、盛大に口の中にあった酒を吹き出した。思わず間の抜けた顔で瞬きを繰り返すが、自分を見つめる子の顔は変わらない。だからつい大声で笑ってしまった
「なぜ笑うのでございますか、父上!弁丸は真に欲しいのですぞ!」
「い、いやはや‥この子は。新しく入った自らの忍の、しかも心が欲しいのか。恐れ入る」
「はい」
「しかし、目に見えぬものというのは捕らえるのは至極難しいぞ。掴む方法もわからなねばその形も難しい。だが良いか、人の心はまずは大風呂敷で驚かせて包みあげ、その後は」
「父上の話はよぅわかりませぬ!!佐助も、父上のように弁丸よりとても多くの事をしっていました。でも、それだけです。」
「ふむ?で?」
「…佐助は、それを‥その、悲しくは思っておりませぬ」
「……」
「それがとても悲しくて‥弁は‥」
「…弁、しかし、忍とはそういう運命だが‥」
隣で黙って聞いていた信之が諭すように開いた口を父の手にふさがれ、言葉を紡ぐ
「弁丸、そなたの言う通り佐助は優秀な忍だ。あの年で道理を知っておるがそれ以上に己を知っておる。年は若いが経験を積めばいずれ誰にも劣らぬ忍になろう」
そう答える昌幸の顔に何時しか笑みはなく、厳しい顔つきで弁、と呼んだ
「しかし、そなたが心を欲したら佐助は忍ではなくなるかもしれない。下手をしたら死ぬだろう」
「死ぬ?!!な、何故ですか!」
「‥」