ブック2

□八重桜と影法師
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佐助は不思議に思う。この幼子は、忍としての佐助を猿飛と呼び、今のように地に近い性格の佐助を佐助と呼ぶ。
その差を己の口調が変わるだけで区別をしているわけではない。何度か自分と会ってみて、自らの微妙な変化を感じ取って接しているようだ


(変なガキ…)


佐助に子供への感情は、まだない。
だがこの幼子の持つ雰囲気に戸惑いを覚えるのは確かだった


「…ってかさ、弁丸様?いまさらだけど俺様は弁丸様の家臣の、家臣なのに、地のままで接してもいいの?」

「良いのださすけ、良い!さすけのほうが弁は良いのだ!」

くるりと首を回す。
理解しているのか、否かは解らないが常に佐助への問いにはきちんと答えを出してくる
その表情に悔しくなった佐助は、この子供が真田家の当主真田昌幸の子であると知っていたが、思わず拳骨を下ろしていた


「いった!何をする?!」

「何となく。てかちょっとムカついちゃった」

「いきなりぐーで殴るな!びっくりしたぞ」


「ごめんねー、弁丸様。…あ、毬」

「あっ」

両手で押さえた頭で、膝から転がった毬が地面を跳ねる。
佐助はそれを一指し指を動かし、ちょんとその指を引っ張る
すると、毬が意志でも持ったかのようにいきなり佐助へと引き寄せられ、手元に返ってきたのだ


「はい」

「…ありがとお。佐助は、毬と友達なのか?」

弁丸に輝く瞳でそういわれ、佐助は苦笑した


「あはは、まさか。ただ、その道理でいけば蜘蛛の糸と暗器とは、大の仲良しだよ」


「どおり?どーりとは何だ?」

「ん?‥色々意味はあるけど、理にかなったって筋道って事‥そうだなぁ、例えば桜の花とか」

今度は真上に立てられた佐助の一指し指に合わせて上を仰ぐ。
今が盛りと花開く桜は、山からの風に煽られ雨の如く花びらを降らせていた



「はな?」

「桜は春になったら、花開くだろ?そんな感じを、道理とかっていうの。まぁ八重桜は人里桜、人が改良した桜だけど」


「‥それは、悪いことなのか?」

「?何が?」


表情を曇らせた弁丸に顔も見ずに佐助が問う。互いの立場でいえば不敬にも近かったが、二人は気にせずにいた


「桜は人が触ったらだめなのか?」

「…どうして?」


「佐助のいいかたは、キライっぽいぞ」



「……ああ」

皮肉げに持ち上げられた口の端に弁丸は不安になる。何故だか嫌な思いになり、佐助自身もあまりいい気持ちではないと思えたからだ


「俺様はね、花はやがて散るから綺麗だと言えると思うよ」

「散るから、キレイ?」


「そう。もともと花は散るのが当たり前なのに、散らなきゃいいなんて‥そんな綺麗事ばかり言ってんのは、嫌だからね」

「…‥むぅ…」


「あ、でも俺様感傷とか、そういう殊勝なもので言ったわけじゃないですよ。ただ、そういうものなんでしょ?摂理って」


びっくりして弁丸は佐助を見る。
佐助は、何時もどおりだ
もう一度びっくりして弁丸は言った


「‥佐助は、そう思っているのか?」

「まぁ、そういうもんかなと」


感傷。殊勝。摂理。


(佐助は本当に色んなものを知っているのに、とても可哀相だ)


父や兄も佐助と同じように講義として様々な話をしてくれるが、その色合いは全く違う。
佐助の話は血が通っていないのだ

視線を落とす。手の中にある蹴鞠は金糸により色鮮やかに刺繍された鳥たちが描かれている。
弁丸はそれを綺麗だと思うのだが、何故だかとても悲しくなっていた



「―話込んじゃったね、弁丸様。そろそろ戻らないと‥俺様も」


その言葉にハッと弁丸が振り向く。
隣にはちゃんと佐助がいたが、その口元には布があてがわれ冷たい瞳をした佐助がいた


「…」

「弁丸様、お戻りを。」

「わかった…」


頷いたのを確認して、忍は姿を消してしまう。淋しくなったがぐっと我慢した
我儘は、一回まで。
出会った時に佐助と約束した事を思い出し、弁丸は父親の元へと小走りで戻った






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