文
□猿飛 佐助という忍
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いつも、飄然としていて本心を悟らせない、けれども仕事も人柄も誠実で頭がよくて、頼もしい自分の大好きな人。
猿飛佐助は、そんな人物だと思っていた。
「さっ…さすけえぇぇぇっ!!!」
でも、未熟な己の身代わりに、槍に串刺しにされた忍の姿に、知っていたはずの猿飛佐助のイメージは幸村からは崩れ去ってしまった。
「…………」
「佐助、さすけぇ!!!しっかりしろ、返事をしろっ!!」
「…あ、だ、んな……?」
「佐助!!!」
「‥待ってて。」
「……っ?」
要領を得ない会話に、頭が理解するより先に忍が自分を串刺しにした足軽の首を吹き飛ばす。
「!!、動いてはならん!!」
制止も聞かず次々と回りにいる敵兵を手裏剣の武器でなぎ倒す。まるで舞っているかのように敵を切り裂き辺りには血が流れ落ちるが、その中には佐助自身の血も混じっていて
「……っやめろっ!!!」
流れる血に耐え切れずに幸村が身を乗り出す。その体を両手で掴み、捕えたところでようやく忍の動きは止まった。
「……」
「っは、はぁ、は…っ?!」
二人以外誰も動くものはなく、すでに敵はいない。だが突然佐助の頭が動き、驚いた幸村が手を離す
その手が、既に息絶えていた兵士の体を再び切り裂いた。
「…!」
もう一度、手裏剣が食い込む。そのまま何度も機械的に動き相手を刺す佐助に、幸村は目を逸らすことができなかった。
帰還を命じる法螺貝が鳴り響く。そこで、ようやくその手が止まった。
「佐助の傷は軽いそうだぞ、幸村よ。良かったな」
真田の屋敷にて、本陣より帰還した信玄が幸村にそう告げる。
広間でじっと正座をし、動こうとしない幸村に眉をひそめた。
「槍の傷は貫通しておったが、五臓等は傷ついておらん。もう会いに行ってもよしと医師も言っておった、行かんのか?」
「…お館様……某は、怖いのです」
「こわいじゃと?」
怖いなどと思っても見ない事を言われ、信玄が驚くというよりもいささか面食らう。拳を膝の上で握り締め、ぎゅっと目を瞑った
「佐助が、まさか某を庇って‥傷を負うとは思ってもいなく…」
「‥―それは佐助がお主の部下だからじゃ。別でいえば、お主もわしが危機に晒されたら助けてくれるか?」
「むっ、無論!!」
「その気持ちと、佐助のした行動は同じじゃ。他には?」
「‥‥」
「ないか?ならば礼を言ってこい」
「は、は…その、お館様。佐助は、元の佐助に戻りますか?」
「……………。」
信玄からの返事はない。己の気まずさに幸村は頭を下げ、退出しようとした
「待て、幸村。お主らしくもないと思ったが……佐助が元の佐助に戻るかじゃと?」
「そ、それは…‥」
「何があったのかは知らんが、お主は佐助を恐れておるな…違うか?」
「‥」
信玄の言葉に、幸村は顔を俯かせた
戦場で見た無意識のまま殺戮をした姿
佐助の、まるで別人のような性格を見て幸村はわからなくなっていたのだ。
いったい、どちらが本当の佐助なのか。自分の知っている佐助が、偽りのような気がした
「……。」
「どうした、幸村。下ばかり向いて黙っておるな!!返事をせい!」
「…お、お見事でございます、お館様」
「馬鹿者!!!」
馬鹿者、そう叫ぶ前に信玄から熱い拳が繰り出され顔面にその拳を受けた幸村が飛ばされた
「はぐあぁっ!!」
「幸村、己の未熟を嘆く前に、なぜ佐助がそなたを助けたのかを知れ!!!お前が佐助を恐れるなどと…持っての他じゃ。それがわからなければ、そなたに佐助を部下として扱う資格などない!!」
派手な水音をたてて池に落ちる。飛沫を上げて、沈んだ体が池の表面から出てきた頃には既に信玄の姿はなかった
「………。」
ぼんやりとした面持ちで信玄の言葉を口の中で反映する。拳は、今まで受けた中で一番痛かった
ぴちゃぴちゃと音を鳴らして廊下を歩く
濡れたままで部屋へと入った幸村は、布団で寝ていた佐助を見つめる。
「…」
寝ている佐助を見たのは、初めてだ。ずっと一緒だったのに、なんてちぐはぐな思いが浮かぶ。
目蓋を閉じて、動かない佐助に隣に座って起きるのを待とうした
「…?」
ふ、と顔を上げる。何もない。今度は首を下に傾ける。佐助の口が開いて、そこから呻き声が洩れてきた
慌てて両手で前のめりに乗り出し、覗き込んだ。
「佐助!?」
「…っ、ぅ‥…だ‥な‥‥」
「何だ?!い…痛むのか?」
慌てて枕元にある薬箱から丸薬を取出そうとし、ふと緊張した面持ちで動きを止める
佐助の頬が濡れていた
「…佐助?」
震える喉に情けなくなるが、どうするか迷った後そっとその顔の涙を拭った
「……捨‥てないで‥」
「…?」
「…だ……いかない……で…」
「…」
「…見捨てないで‥」
軽い音を立てて落ちた薬箱から丸薬が零れ落ちる。
鈍い音を立てて頭痛がし、胸が鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「…な‥なにを……」
「…だ‥‥な…」
「なにを…言って‥っ!!」
声を途切れさせ、幸村は勢いよく布団の上から佐助を覆う。目頭が熱くなって、慌てて布団ごと佐助を抱き締めた。
「…だ‥な、‥俺のこ、と」
「…もう言い、わかったから‥‥佐助‥」
信玄が言った言葉が、少しだけ解った気がした。
(…ありがとうございます、お館様‥しかし、申し訳ありません)
部下として扱えない。佐助は、思っていたより臆病で、悲しくて、でも変わらず大好きな忍だからだ。
幸村はそぅっと佐助の少し湿った頬に唇で触れた
(‥嘘偽りのようなものはない。あの時も、今も、佐助の一部なのだな)
「死んだって、離さぬからな…佐助、」
せめて、いい夢を。そう願いつつその寝顔を見つめた
真田幸村という人の続きで。
残酷さと脆さを併せ持つ諸刃の性格を持っている気がしたので‥