文
□真田 幸村というひと
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「ぅおやかたさまぁぁああああ!!」
秋の爽やかな晴天に響く叫び声に近い気合と鈍い音。
げんなりとした顔で佐助は木の下に広がる暑苦しい主従を冷めた瞳で見下ろしていた
「あーああ・・・。何やってんだかうちの大将と旦那は」
自軍の本陣にて殴り合う武田信玄と真田幸村に、佐助は本気でげんなりとしている。軍神上杉謙信との戦を前にしてのこのやりとり(と、言うより図太さは)さすがと誉めたいが、もし今自分が幸村の護衛の任でもなかったらとっくに鴉を連れてどこかへ現実逃避の旅へと飛び去っているものだ
「大体、大将は百歩譲って許していい。なんだかんだ言って軍のことやこの国の行く末さえもきちんと視野に入れているお人だからね!あのノリにはついていけないけど。でもさぁ、うちの子、どーなのよ?!お館様にあれだけ依存しちゃって大丈夫なの?!」
主君にあえば挨拶よりもまず右手が出る。
自分と話せば二言目にはお館様、でござる。
静かにしているなと思えば、団子を食べている。
「・・・あれ、何だろ・・・急に、俺様涙が・・」
そっと指を眉間に寄り添わせ、目頭を押さえる佐助。呆れるというよりは心底心配なのだが、どうにもこの親心は相手に伝わっていないようだった。
「ぃいゆきむらアアアア!!」
「はいぃ!!!ウおやかたさまああああ!!」
「お前には、此度の戦で奇襲部隊になって貰うぞぉおおお!!!」
「はいっ!!!ぃ喜んでおやかたさまぁああ!!」
「はいはい、奇襲部隊ね・・ってええ?!!」
うっかり聞き流そうとしていた命令に佐助は驚いてそちらを見る。幸村はその任務の危険さをわかっているのか、いないのかやる気に満ち溢れていた
(あああ、絶対わかってない・・!!どうしよう、旦那のバカ!)
日のあたる場所に、草である忍は出ていけない。早く来い、早くこちらにと祈った甲斐があったのか、早めに本陣から出てきた幸村に早速佐助は飛び出し抗議した
「旦那のバカー!!」
「へぶっ!!」
繰り出されたパンチに三メートルほど吹っ飛んで、幸村は派手な音をたて地面に落ちる。そのすぐ後にピンピンして立ち上がったものだから、悪びれもせずポンと佐助は手を打った
「わあ、旦那ってばタフ」
「いっ、いきなり何をするか、佐助!!」
「あー、ゴメンゴメン。ってかさ、旦那が悪いんだよ?俺様に殴られるような用件を引き受けてくるからさ!」
「奇襲部隊のことでござるか?」
鼻血を拭いながらあっさりと返した相手に、思わずポカンとしてしまう。まるで変わらない態度の幸村に、まるでこちらが間違っているかのような錯覚さえ覚えてしまった
「え、あ、うん・・・って、わかってて引き受けたの?何でさ?!」
「仕方なかろう。某にしか出来ぬ任務だと、そう思ったからだ」
埃を叩いて幸村は槍を担ぐ。そのまま、戦場へと向かい歩く姿に思わずカッとなってしまった。
「・・旦那、いい加減にしなよ!危ないってわかってて、戦場に行くなんて危険すぎる!!自分は死なないとでも思ってんのかよ!」
「・・・。」
その言葉に幸村の足がピタリと止まる。いつの間にか、佐助から見える横顔から、表情が消えていた。
「・・佐助。お前の、怒った姿は久しぶりに見たな。」
「・・・っ、だから、何だよ?」
「苦労をかけてすまない。しかし、ここで引いたら某は真田幸村ではなくなってしまうのだ。」
「はぁ?!」
荒い声を上げる。しかし、その言葉を耳にした途端一瞬で理性のスイッチが戻ってきた。
「旦那は、旦那だろ・・」
「戦場でこの手、敵の血に染まらなければ今の俺の価値はない。そう思っておるから某はどんな戦場でも行くつもりだ」
「・・?!って、ちょっ、旦那!!」
「安心しろ、佐助!!わが胸に何時でも六文銭はある!!」
何が、安心しろ、だ。部下にそんな事を言うなんて。
引き止める佐助の手にも反応せず、もう振り返ることはなく配置された戦場へと向かう。
空に伸ばされた己の手を、ぼんやりと見た。
(・・ああ、忘れてた。)
わき目もふらずに戦場を突っ走るのも。
敵でも味方でも関係なしに、己に正直なまま接するのも
太陽みたいな笑顔ができるのも。
死さえも、平然として受け入れるのも。
真田幸村という人が、いつでもどんな時でも本気で立ち向かっているからだ
(真田幸村という人は、そういう人だったっけ。)
「・・馬鹿な旦那。この戦国乱世の時代にあんな生き方したら、すぐに死んじゃうよ。・・・・だから、ね。」
ぐっと強く拳を作った。
「だから、天才の俺様が陰になって働いているんだったわ。ったく、しょうがないなぁ。」
そう笑いながら一人呟くと、次の瞬間には一陣の風になって消え去っていた。
(死なせないから。死なせないから、絶対に)
戦はまだ始まっていない。それでも、目的地に向かいすでに行軍している幸村を見つけ、佐助もその陰に潜む。
勘でも働くのか、決まって幸村は隠れている佐助を見つける。こちらに向かい笑う顔に、佐助は手をヒラヒラと返した
「まったく、この戦が終わったら、アンタに一言いうからね。」
暗に次もある、と言い聞かせる忍の耳に、聴き慣れた音が響く
遠くの方で、戦を告げる法螺貝の音が鳴り響いていた。