□華より団子
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春が過ぎた五月晴れの日。



「‥旦那ー?」

屋敷の縁側を渡り、佐助はひょっこりと座敷を覗く。

そこには何時もなら絶対にしない渋い顔―‥つまりはつまらなさそうな表情をした主人が座っていて、首だけを自らを呼んだ忍へとふり向かせる。
その手前には冊子が何冊か雑然と置かれており、読み物の最中であることが知れた



「あ。いたの?いやさー、気配はすんのにあんまり静かだから、寝てんのかなーって」


「‥お帰りでござる、佐助。用とやらは済んだのか?」


「まーね!それよりさ、甘味屋で団子買ってきたよ。茶でも出すから一休みでもしようか、旦那」


「何と?!真でござるか?!」

団子と聞いてぱっと輝いた幸村に佐助は、ほ、と息を吐いた。どうやら機嫌が直ったしたようだ


(‥良かった。旦那、ちゃんと鎌の言うことを聞いて大人しくしてたんだな。)


以前のように任務に行く自分を追って来なかった事に、少し寂しいような気も覚えたが矛盾したこの気持ちとは又、別に一人で城から出られるのも困るものだ。

それに、泣きながら迷子になった幸村を探すのは自分達である


「‥旦那も、いつまでも子供じゃいらんないもんねぇ。いっくら、御父上の昌幸様が後見人として支えているとはいえ、もう上田の城のお殿様だもんね」


「む?!それが何だ、佐助、よくわからん言い方をするな!」


「ハイハイ‥十五でその可愛さは犯罪ですよって意味だよ」


「ますますわからぬ‥!!」


ううむ、と佐助の軽口に真剣になって考える。
そんな姿に笑いを噛み締めつつ、早速茶の支度をし始めた。



「…佐助」


「んー?」


「また、仕事だったのか?」


思わず沈黙しそうになり、あわてて頷く。


「んーそうだよ」


取って付けたような返事を返してしまい、かえって嘘っぽくなってしまったと内心舌を出す。それでも急に黙って、相手を不安がらせるようなことはしたくなかったからだ。



「‥うむ。そうか」


「‥うん」


お茶を点てる。



「はい、どーぞ」


「む」

意外にも作法に則って幸村がお茶を味わう間に、団子を皿に出して進める。
やることがなくなり、相手が食べている時に話かけるのも不粋かと手持ち無沙汰に本をみれば、吾妻鏡が目についた。


「吾妻鏡かぁ。渋いね、旦那も」


「お館様に、もひゃらった」


「そー、もひゃらったの。あ、食べてていいよ。」



思わずのほほんとした気持ちになる。
幸村といると、自然にそうなってしまう。先程までの自分が、まるで嘘のようだった










命じられた任務のため、十五人、人を殺した



(‥歴史書。それって意外に、戦に勝利した側でしか描かれていないかもなぁ)


手に残る感覚と共に鈍い音をたてて折れる首の骨。殺した内の誰かが佐助の忍装束を掴んで、そして力尽きた。


(…誰でも、生きる理由がある。でもそれを考えたら俺様が死ぬ番か)




「‥佐助。佐助!」


はっとして幸村を見る。何時の間にか近くに寄っていたその顔と、その手に掴まれた忍装束に動揺し思わず声まで上ずってしまった


「だ、旦那?!びっくりしたー、何時の間にお茶飲み終わったの?」


慌てて幸村の手を引き剥がそうと佐助は体を捻る。指を外そうとした時ポツリと「佐助」と呼ばれ、手を止めた


「‥‥?」


「‥先程、仕事と言っておったが」


「そうだよ」


「なら、真田忍隊の、別の仕事とは一体なんなのだ?」


「あれ?ばれてた?」


おどけた声に幸村が反発するように伏せていた顔を勢いよく上げた


「鎌乃助から聞いたぞ!佐助、お前がお館様からの直々の密命でしばしば軍から離れているときがあると‥」


ああ、鎌の奴、旦那にバラしといて俺様に押しつけたな‥と心のなかで呪いつつ頭を掻く。
ため息交じりで幸村に言った


「ったく‥旦那、そう言われてもなぁ…これが忍の一つのお仕事だし」


「では佐助は何のために仕事をしているのだ!」



「ええっ?!旦那それこそ本末転倒!ええっと〜‥」



そんなのアンタの為に決まってるだろというのが佐助の理由なのだが、その理屈が幸村には納得できないらしい。


一度決めたら自分の意見をなかなか変えない、主。それは長い付き合いでよく解っている
目を閉じて佐助は理由、むしろ幸村を納得させるための方の理由を考えた


「任務の理由、ねぇ‥」


片目を開け、組んだ腕を解いて首を傾けると、佐助は乱雑に置かれていた本へと指先を向けた



「…あれかな?」


「…書物?」


佐助に指された書物の山に、幸村はきょとんとする。



「佐助が、任務をするのに…何故書物が出てくるのだ?」


「……旦那や、お館様を、吾妻鏡みたいな書に残す為‥かな」


「…吾妻鏡に?お館様や、某が?」


「うん、そう。つまりは、二人に天下を獲ってほしいって事さ。」


嬉しそうに笑う佐助とは別に幸村は眉をハの字にさせる。



「‥それが、佐助の理由か?」


「そ、今ん所はね」


「…‥…‥すまぬが‥答えて貰ったのに、よくわからぬ…。」


悔しそうに肩を落とし、幸村は佐助に謝る。
父にも言われたが、自分とは、どうにも相手の気持ちを察する事が足りないらしい
努力はしている。しかし、それを読み取る事が、なんというか極力苦手なのだ。


(嫌いなのはともかく、好きならば最初から言えば良い。なのに何故そのような言い回しをする?直接、言えぬこと‥なのか?)



言葉ではそうだが、本心やそう言った人の意味が違うこともある(らしい)。



読み取る事は苦手。

だから



「―‥だが、ありがたい事だというのは、わかるぞ」


幸村は、反対に父に誉められた、自分が思う相手への素直な気持ちを、精一杯の心で返していた


「‥忍にそんな事言うのはアンタだけだよ。まっ、その気持ちだけで俺様お腹いっぱい!ありがと、旦那」


「(何故佐助が礼を言う‥)」


むぐっ、と口をつぐんでしまう。が、幸村は頭を犬のようにブンブンと左右に振ると飛び出すように部屋から縁側へと走り出す


佐助は嬉しそうに笑っている。だから、もう良い。


考えるのは今はもう止める事にしたのだ


「わかった!相わかった!それよりも佐助、団子を一緒に食べよう!一緒に喰うと美味いのだ」


「絶対解ってねぇ……わっとと、わかりましたから、裾引っ張らないの」



中々相手に伝わらない思いを抱えつつも、どたばたと音をたてて主従が縁側へと走る。



「美味い団子が目の前にあるのだ。今は、団子を喰おう!」



「団子ね‥やれやれ」



桜はないが、二人は明るい陽射しの中で団子を頬張る
二人で食べる団子はとても美味だった



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