大きく呼吸をしようとした私の唇は彼の唇によって塞がれる。
彼の生温かい舌が口内を犯す。
彼の胸を強く押し返すけれど、力が適わない。
押し返した腕すら拘束されて、再び押し倒される。
止まらな、い。
スプリングが、ぎしり、と軋む音を立てた。
嗚呼、駄目。
何かが沸々と自分の内側から沸き上がるのが分かる。
けれど、それが何なのか分からない。
彼の胸を押し返していた腕は何時の間にか、彼の背中に回されていた。
そうして自分がただの女でしかないことを理解する。
理解したけれど、その行為を止めはしなかった。
止めて、とも言わなかった。
唇を離した彼の、熱の篭もった瞳が私を見下ろす。
いつもと違う表情に緊張した。
いつも子供の様な彼が見せる、大人なびた表情。
頬を撫でる手に愛しさが増した。
彼の肌を滑る指に、震える手で縋るようにシーツを握り締めた。
触れられた場所が一気に熱を持つ。

もっとこっちを見て欲しい。
その間他のことは忘れて欲しい。
今だけは自分を見ていて欲しい。
その瞳に私だけを映していて。

そう目を瞑って願って、口だけを動かして彼の名前を呼んだ。



何故だろう。


心地良いのに涙が出る。

愛しいのにかなしい。

嬉しいのにくるしい。



シャーネ、と上から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
応えてくれた。
ゆっくり目を開けると、視界に彼の驚いた顔が映った。
痛かったのか?という彼の問いに、ばか!とだけ答えて彼の前髪を掻き上げてやった。
彼は黙って気持ち良さそうに目を瞑って、シーツに投げ出された私の指の間に自分の手を絡めた。
躯がベッドに沈む。
そして彼は、再びゆっくりと私との距離を縮める。密着。
突然浅くなった不規則な呼吸を、彼の胸に顔を押し付けて堪えた。
彼は意地悪だから、今顔を上げたらきっと私の頭上で笑っているに違いない。恥ずかしい。
もがく様に両手を彼の背中に伸ばした。
けれどその手は虚しく虚空を掴んだ。
そうしてようやく代わりに掴んだのは、彼の細い腕だった。
指を一本一本丁寧に剥がされて、反対に乱暴に掴まれる。
少ししてから指先に生温かい舌の感触がして、ぞくり、と何かが背中を駆け上がった。
堪えていた息が一瞬洩れる。駄目だ、駄目、駄目!
彼は知らないふりをして緩慢な動作で脚の付け根から膝にかけてをそっと撫で上げる。
酷い男だ。何処までこのひとは私を追い込むのだろう。息を殺して彼を睨み付けるけれど、彼にそんな脅しは効かない。
ただ余裕の無い表情を見て、少しだけ優越感に浸った。
それでもまだ足りなくて、無防備な彼の背中にぎちり、と爪を立てる。
一瞬歪めたその顔は、とても嬉しそうに見えた。

そうだ、このひとはそういうひとだ。



もう、いっそ汚く汚れても良いと思った。





















(彼は美しいもの)
(私は汚いもの)





















(はやく、はやく私だけを見て、)
クレシャ
080504

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