ゆめとまぼろしの物語

□アレルマの笛吹き男−泣き虫少女と赤い絆−
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「僕の魔法には誰も勝てない。僕を止めれる奴は誰もいない。だから、そんなに泣かないで?」

それは憤怒しか抱けない、最高に腹の立つなぐさめだ。

だからエッダは、全身の気力を喉に集めて叫ぶ。自分へのいらだちと、男への憎しみを叩きつけるようにして。

「お兄ちゃんを返して!」

最後の遠吠えを、男はどう思ったのか。その反応さえ見ることが叶わず、エッダの意識は緩やかに沈んでいく。

地面の冷たさも認識できなくなる直前。

「――待ってるよ」


笛吹き男は、笛の音色に負けなかった君を待ってるよ。


これといった特徴のない声と、頭に乗せられた、暖かい手のひらの感触が残った。





アレルマ王国の首都、ステンハンメル。

王城をいただくその町には、王立魔法学校であるワグネル学院がある。

十五歳のエッダ・アデルベルトは、これまでの試験では赤点ばかりを叩きだし、教師達はあまりの成績のひどさに呆れていた。

「魔法は一般に六種類にわけられます。地・水・火・風・空・識です。うち五つは物質へと働きかけ、識のみは生き物の意識に働きかけます。ここまではわかりますね?」

中学年の講義担当であるユン・エルンストの問いかけに、生徒が了承の声をあげる。

理解のよい教え子たちを、眼鏡の奥の紫の瞳は満足そうに見渡す。

エッダはそんな教師の姿を、青の瞳で注視する。星の光を編み込んだような金髪が、彼女の表情に影を落とした。

長い茶髪をひとつに結わえたユンは、教科書をめくる。

「魔法は超自然的な力で、我々が創りだしたものではありません。ですから、魔法を使う際は過信することなく、謙虚な気持ちで行いましょう」

エッダの隣に座っている少年、フリート・シュターフェンは、熱心にペンを走らせている。水色の瞳がせわしなく教科書と黒板を行き来し、エッダは彼の真面目さに驚嘆した。自分といえばこっそり本を持ち込み、それを読んでいる始末である。

世界には、魔法という不思議な力が存在する。アレルマ王国のように、国をあげて研究に力をつくすことも珍しくない。しかし、解明されていない謎というのは多々あった。

「詳細が不明の、魔法が関連していると思われる現象があります。うちひとつが魔法災害です。これは、人間が干渉していない状態において魔法が暴発し、人々の生活に影響を与えるものと定義されています。例えば……“子供さらいの笛吹き男”」

その声に躊躇があったのを見抜けた生徒は、ほとんどいなかっただろう。一方、ぴくりと肩を震わせたエッダの表情が硬化するのを、フリートは見逃さなかった。
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