ゆめとまぼろしの物語

□アレルマの笛吹き男−泣き虫少女と赤い絆−
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どんなに声を張り上げても、兄は自分を振り返ってはくれなかった。


「待って、お兄ちゃん! 待って!」

夜の冷気が、体に染みる。石畳の上を裸足で駆けているせいで、足先の感覚は失われようとしていた。

走っても追いつくことはできず、息があがってくる。それでもエッダは、大好きな兄の背に向かって声を張り上げる。

「お兄ちゃん! おにいっ……」

突然、全身に強い負荷がかかる。まるで空気が、厚い壁となって押しつけてくる感覚。非常に強い魔法だと悟ると同時に、体は意志とは裏腹に地面に押し付けられた。

「おにいちゃんっ」

顔をあげ、届かないとわかっていても手を伸ばす。無力さがもどかしく、涙があふれてきた。

国一番の魔法使いの家系に生まれながら、こんな魔法も打破できないのか。そう罵倒する声が、耳の奥で響いた気がした。

「待って!」

骨がきしむ程の負荷を感じる中、エッダは手を伸ばす。

行く手に、兄以外の数名の子供の姿が見えた。皆同様にうつろな目をし、危うげな足取りで町の外へと向かっている。

奇妙な行進の原因は、先頭で彼らを導く、笛を吹く少年のせいだった。

年は十代半ば頃だ。白銀の短髪に、蔓でこしらえた粗末な冠をつけ、目を閉じて横笛を奏でている。

真っ赤な横笛から紡ぎだされる調べに合わせ、子供たちは歩みを進めていた。まるでそれは、人形師が己の人形の運命を握っているような光景。

「おにい、ちゃん」

もう一度声を上げる。それが限界だった。

エッダは魔法の重圧に負け、石畳に頬をつける。その冷たさが悔しくて、泣きわめきながら拳を地面へ叩きつけた。

(私が、劣等生じゃなかったら! アデルベルトの名に恥じない、魔力を持っていたなら!)

あの、先頭に立つ男など、たちまちやっつけてやるのに。

「あああああっ!!」

熱い涙と冷たい地面の温度差が、彼女の激情をよりあおり立てる。

「嘆くことはないよ」

頭上から声が降ってきた。鈴が転がるような、優雅な声。あきらかに男のものだが、その響きから線の細さがうかがえる。

エッダは身を起こそうとするが、わずかに半身を持ち上げた体勢を維持するだけで精いっぱいだった。

白い素足が、視界に入る。

「君はすごいね。町の人たちは僕の笛の音に負けたのに、君だけが、僕を追いかけてこれたんだ」

一瞬の沈黙。短い笛の音。

それが耳に入ったとたん、またエッダの体は、強制的に地面に押し付けられる。

「限界みたいだね。降参しないと、君の体、もたないよ」

相手の声が近づく。おそらく、しゃがみこんだのだ。けれどエッダは、男の顔さえ見ることが叶わない。
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