連作短編シリーズ―空に広がる希(のぞみ)―
□その5 傘の花が咲く日に
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「紀里(のりさと)君、初詣の時はありがとう。はい、これ。よかったら食べて?」
俺が内心何を思っているのかをてんでわかっていない深空(みそら)は、俺の目の前で紀里へと手作りのお菓子を差し出す。
冬休みが明けたばかりの廊下は寒く、白い息を指に吹きかけ、両手をこすり合わせた。
「いいんですか? 僕がいただいても」
「うん。だって紀里君のおかげで、お賽銭箱にお金を入れてお祈りすることができたんだもん。弟と私の分の五円玉、ありがとう」
深空は満面の笑みと共に、紀里へラッピングした小箱を押し付けた。紀里は俺を一瞬だけうかがった後、深空へ微笑み返す。
「ありがとうございます。せっかくですので、いただきますね」
「うん、今回は成功したはずだから、たぶん大丈夫だよ! あっ……」
深空のクラスは、次は移動教室のようだ。理科室へ行かなきゃ、と言い残し、深空はあわただしく廊下を駆けていった。
その後ろ姿が見えなくなった後、俺は耐えていた分を吐き出すように、深々とため息をつく。
用事があるからちょっと付き合って、と深空に言われ、ついてきた結果がこれかよ。紀里のクラスを探して、紀里にお菓子を渡して……俺には何もないってか。
「これ、僕が貰ってもいいんですか?」
いましがた深空からお菓子を受け取ったばかりの紀里は、困惑を表情に混ぜている。
「いいだろ。どうして俺に聞くんだ?」
「何となく、あなたが残念そうな顔をしてますから」
一番ついてほしくないところをぐっさり刺されてしまい、思わず乱暴な言葉遣いになってしまう。
「……んなこと思ってねえからな!」
吐き捨てた後、そっぽを向いてその場にとどまるよりも、さっさと自分の教室へと引き返せばよかった――そう後悔したのは、紀里が意味ありげな笑みを唇に刷いてからだ。
「広希(ひろき)君、案外純情なんですね。無口なのに」
「……っ違うって言ってんだろ」
「おや、もしかして……」
紀里は顎に手をあてて少し考え込み、ついで、目を丸くして俺を見た。
「まさか深空さん、あなたにはお菓子渡してないんですか?」
「……」
俺はそれには答えなかった。けど、この沈黙の意味がわからないほど、紀里は鈍くはない。