連作短編シリーズ―空に広がる希(のぞみ)―
□その9 君に触れるとき
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「おや、そんなに喜んでもらえるなんて、広希(ひろき)君を騙した甲斐がありましたね」
ついさっきまでは比較的善良に見えていた友達を、今なら視線の力だけで地面に引きずり倒せそうな気がした。
「紀里(のりさと)……ハメやがったな?」
無意識に声が低くなってしまったが、紀里はますます嬉しそうに笑った。宝くじに当たったわけでもないのに、なぜそう笑顔でいられるんだ。
「そんな怖い顔をしないでくださいよ。僕は単に、あえて、とても重要な情報を言わなかっただけですよ?」
「それを、世間じゃハメたって言うんだ!!」
だが、俺の精一杯の抗議は、無残にも途中で打ち砕かれる。漫才のハリセンのごとく鋭い突っ込みが入ったからだ。
「はいはい、往生際が悪すぎるわよっ!!」
吉乃(よしの)が豪快に背中を叩くものだから、俺は驚いで咳き込んでしまった。脱力してしゃがみこんでいると、上から誠意のない言葉が降ってくる。
「あ、ごめん。許して?」
「……お前ら、何がしたいんだ?」
俺は、紀里と吉乃を見上げた。二人とも、今日は私服だ。
休日だから当たり前なのだけれど、初めて見るものだから、新鮮に感じる。
「僕は皆と遊びたかったんですよ」
「私もそうよ。さあさあ、チケットは準備しちゃったんだから、さっさと遊園地に入るわよー……ちょっと深空(みそら)、どうしたの? 早くこっちに来て」
その名前に、呼ばれた本人だけでなく、俺もびくっと肩を震わせた。
「え、でも、でも……」
数メートル離れた先には、幼なじみの深空がぽつんと立っていた。
顔が赤くなったり、青くなったりしている。俺が突然現れたから、緊張しているんだろうか。
深空も、私服だった。そういえば、制服じゃない深空を見たのは、いつぶりだったろう……。
俺はそっぽを向いて、どうしてこんな状況になってしまったのか、現実逃避を兼ねて思い起こしてみることにした。
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「広希君、お願いがあるんですが、聞いてくれますか?」
あの件があった数日後の、放課後。俺と紀里は、たまたま帰り路で鉢合わせした。
俺に話しかけた紀里は、いたっていつも通りに見えた。
こいつの中で、心の葛藤のすべてに決着がついたのかなんて、俺にはわからない。ただ、あえてこっちから辛い話をふる必要もないだろう。
今は何かあったら、話くらいは聞ける奴がいることを、紀里がわかっていればいいんだ。