連作短編シリーズ―空に広がる希(のぞみ)―
□その8 想いに惑う日
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「なるほど……何と言いますか、広希(ひろき)君の心の中は、複雑ですね。僕でしたら、言い方は下品になってしまいますが、そんなふうにすがってこられたら、深空(みそら)さんに即座にとびつくと思いますが」
そう評した紀里(のりさと)は、溶けかかっているシェイクを再び飲み始めた。こいつ、食べている時でも背筋はずっと伸びているし、肘もつかないんだな、と俺は妙なところで感心してしまった。
そろそろ黄金週間も間近という、四月下旬。浮かれた季節の春は過ぎ、熱くて心が重い高校三年の夏が、何となくすぐ傍にやってくる頃。
俺は紀里と一緒に、高校から一番近いファストフード店で、話しこんでいた。
いや、話していたのは、主に俺の方だな。どうにもならない心のもやもやを、何とか貧困な語彙をもって、紀里に説明したところだ。
本当は、誰にもこんなことを言いたくなかった。なのに、悩みの渦は決壊してしまい、どうにも抑えきれなくなって、紀里にこうして無様な姿をさらしているわけだ。
たぶん、相談相手をこいつにしたのは、何日か前に胸倉をつかまれて一喝されたのが原因だろう。
いつも飄々と笑みを絶やさない印象の強かった紀里が、あんな目をするなんて、思いもよらなかったのだ。
あの時の紀里は、確実に怒っていた。そして、吉乃(よしの)も怒っているだろう。
――俺は、最も身近で大事な女の子を、傷つけてしまったのだから。
「込み入ったことを聞きますが、広希君は女の子が苦手なわけでは、ないんですね」
「ああ、違う」
「もっと込み入ったことを聞きますが、女の子よりも、男の子の方がいいというのは……」
「なんだそりゃ。確かに同性同士の恋愛しかしない奴もいるだろうけど、俺はないぞ」
やや刺のある返事をすると、紀里が頭をさげる。
「すみません、度の過ぎた冗談でした。失礼しました」
愉快そうに見えるのは気のせいか、と目で訴えてみる。俺の思いに気がつかない紀里は、うーんと片手を顎に添え、腕を組んだ。
「さて、僕なりにまとめてみますと……要するに、『恋人』になるよりも、『幼馴染み』であり続けたいんですね。深空さんとは正反対の選択を、あなたはとった。理由は、漠然とした恐怖」
他人の言葉で解説される、俺の心の問題は、全然大したことがないみたいに聞える。当の本人は、泥沼にはまり込んで八方ふさがりだというのに、何とも不思議だ。
紀里によって、俺の感情が、店頭に並ぶケーキのように、綺麗に陳列されていく。
「恐怖というのもまた、つかみどころがないですね。『恋人』になることによって、『幼馴染み』であった時には成立していたものが、消えてしまう、と。それが怖い、と」
「……そういうこと、なんだろうな」
「おや、広希君、まるで他人行儀な返事ですね?」