連作短編シリーズ―空に広がる希(のぞみ)―
□幕間U 彼女の想うこと
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「本当です、吉乃ちゃん。それにあの時、一番最初に傷ついたのは僕じゃなくて、吉乃ちゃんだったじゃないですか」
あいつはそう言った。嫌味でもなく、恨みをこめるでもなく、穏やかに微笑みながら。
私にはそれが信じられなかった。いっそ、なじってくれたほうが楽なのに。
私を非難しないで、静かな目でじっと見つめた後、あいつは去っていった。
あいつの目に浮かんだ感情が、脳裏にいつまでも残っていて、私はその場からしばらく動けなかった。
あれは、すべてを諦めた目だ。彼は自分自身を殺してしまうことに慣れているのだ。
昔からそうだった。あいつは、自分の置かれた立場を悲しいくらい自覚して、生き残る為にあらゆる計算をし、はじきだされた答えの通りにふるまっていた。
小さい頃の私が、あいつの心の複雑さを、そこまで見抜いていたわけではない。
けれど、生気の抜けた瞳が痛々しくて、声をかけずにいられなかったのは確かなのだ。
それなのに。
素直な笑みを取り戻しつつあった紀里を、元に戻してしまったのは、私のせいだ。
(今日も、何も言えなかった……)
少し冷たい風がふきつけてきた中を、とぼとぼと教室まで戻る。
******
その翌朝、偶然にも深空と広希君が玄関口にいるところを目撃した。
まさか、私の憶測は杞憂で、二人はちゃんと仲直りをしたのだろうか、と思いつつ、さりげなく声をかける。
「深空、広希君、おはよー」
「おはよう、吉乃ちゃん」
「おう、須賀、はよ」
深空はいつものようにかわいらしく、広希君はいつものように面倒くさそうに、挨拶を返してくれた。私はもう少し、探りを入れてみることにした。
「あんたたち、相変わらず仲いいわねー。今日も一緒に登校?」
深空が、見落としてしまいそうなくらいの一瞬だけ、動きを止めた。
「……ううん、今日は偶然だったの。私の方が、寝坊しちゃって」
てへへ、と照れ笑いをしつつ、下駄箱へ手を伸ばす。広希君はというと、何もコメントせず、すたすたと己の下駄箱の前へ向かっていった。