連作短編シリーズ―空に広がる希(のぞみ)―
□その7 君とすれ違う日
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「吉乃(よしの)ちゃん、やっぱり私ついていくよ。一人じゃ帰るの、大変でしょ?」
ホームルームも終わり、狭い玄関は憂鬱な授業から解放された生徒で賑わっている。
俺が漫然と人の波の中で漂っていたら、今はあまり顔を合わせたくないあいつの声が聞こえた。
「いいよ。大丈夫だから。それに、深空(みそら)と私は降りる駅が違うのに、そんなことしてもらえないよ」
「でも吉乃ちゃん、つらそうなのに……」
これだけ会話がはっきり聞き取れるということは、二人はわりかし近くにいるんだろう。
首をめぐらせてみると、案の定、俺の幼なじみの深空と、深空のクラスメイトの須賀(すが)吉乃は、塗装の剥がれかけた壁に体をあずけるようにして立っていた。
吉乃の顔はいつもより赤く染まっていて、両眼は焦点があいまいでとろんとしている。
はあ、と吉乃が目を閉じて息を吐く。ああなるほど、風邪ひいたんだな。
しかし何で、さっさと家に帰って大人しく寝ないんだろう。俺だったら、体調不良というチャンスを逃さずに、ベッドの上で眠りを貪るけどな。
「吉乃ちゃん、僕が送っていきますよ。さあ、早く帰りましょう」
二人の女子の間を割って、闖入者があらわれた。
伸城紀里(しんじょうのりさと)はいつも通り丁寧な言葉遣いで接しているが、そのくせ大胆にも吉乃の手をとって歩かせようとする。
「さわんないでよ、馬鹿っ」
吉乃は目をむいて紀里の手を振り払ったが、熱があるせいなのか、いつものような、上方漫才のごとき鋭い動きはなかった。
「あんたなんかに頼らないわよ。私は一人で帰るの」
熱で体もだるいだろうに、強気に振舞う吉乃を見て、紀里は悲しそうに眉を下げる。
「どうしてなんですか? 恩着せがましいことをするつもりはないんです。ただ僕は、吉乃ちゃんが心配で……それに、吉乃ちゃんと少しでも一緒にいたいんですよ」