ゆめとまぼろしの物語

□暁に沈む月
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まずい。そう思った時にはすでに、手から剣が滑り落ちていた。
慣れ親しんだ柄の感触に、もう一度ふれることは叶わなかった。首筋に冷たい刃が押しあてられ、身動きが取れなくなったからだ。
つい先ほどまで激しい剣檄を繰り広げた赤毛の青年は、息を乱すこともなく涼しい顔で、けれど少しの愉悦をにじませながら宣言する。
「勝負あったようだな?」
レイアは疲労で息を弾ませながら、敵の言葉を茫然と聞いていた。
逃げなければならない。捕えられるわけにはいかない。ただその一心でここまで来たが、すべては無駄だったということなのか―――
ふと、悲鳴のような叫びが耳をつんざく。
「レイア様、お逃げください!」
「……ラズ!」
呼びかけた兄の乳兄弟は、敵の囲みを突破してこちらへ来ようとしているが、敵が次々に切りつけてくるのを防ぐので精一杯なようだ。
彼をあざ笑うかのように、体力も気力も有り余った、闘争心にあふれる者たちがラズへと群がっていく。
「やめろ、ラズ!」
レイアは、万感の思いを押さえつけ、怒鳴った。ラズも、彼を迎えうとうとした敵も、思わずといったふうに動きを止めて彼女の方を見る。
「ラズ……剣を捨ててくれ」
「なぜです、レイア様!」
彼はまだ戦える、と目で訴えている。ここで諦めるのは戦士の誇りが許さないのだろう。レイアもそれは同じだった。痛いくらいに彼の悔しさがわかる。
だがレイアは、無理難題を命令する。
「ラズ、剣を捨てろ。私は降伏する。お前も従うんだ」
「どうしてですか! 俺はあなたを最後までお守りすると、約束したのに!」
大きく前へ踏み込んだラズに、一人の若者が剣を振りあげた。単に動くなと牽制のつもりだったのだろうが、たちまちラズの瞳に闘争心が燃え上がったのをレイアは見逃さなかった。
「ラズっ!」
再びレイアの口からほとばしった悲鳴は、しかし途中で途切れてしまった。
彼女は後ろから突然抱きこまれ、その細い首筋に改めて刃がつきたてられる。視界に入った腕は、さっきレイアに剣を突き付けた青年のものだろう。
皮膚に小さな痛みが走った。創傷の痛みだ。
「そこの従者よ、その度胸はいっそ感心するくらいだが、この状況で俺達から逃げれると思っているのか?」
低いがよく通る声だった。レイアは改めて、周囲を確認する。
二人きりで逃げ続け、身を隠そうともぐりこんだのは深い森の中。朝を迎えても止まない霧雨は体温を奪い続け、戦い続けているはずの仲間の生死はわからなかった。そんな明日の見えない敗走が、今まさに終わろうとしているのだ。最悪の結末でという形で。
憔悴し切ってはいるが、なおも剣を手放さないラズの姿に、涙があふれた。
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