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□Fightin' Bunny
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「綱吉、ケーキ食べたくない?」


すべての始まりはこの一言、だった。


「ケーキ、ですか?そう言えば最近食べてませんねぇ。」


なにやら女の子が買うような雑誌(たぶん没収品だと信じたい)を読み耽りながら雲雀が呟く。ページを繰る手が止まっていることから、何か気になる記事でも見つけたので間違いなさそうだ。不思議そうな顔をしながらもツナは一度飲んでいたココアをコースターに置き、執務机にいる雲雀に近づいた。


「あ、ケーキバイキングですね。ヒバリさん甘いの好きでしたっけ。」

「君に出してるケーキは僕のお薦めだからね。」

「買いに行ってるんですか、ケーキを。」

「仕事に飽きたとき、草壁がね。」


ドンマイです。草壁さん、ケーキ屋の皆さん。
彼が訪れるときに走るであろう衝動を想像し、合唱。
振り返った雲雀に何してるの、と日誌で頭を叩かれた。


「一応君の意見を聞こうと思う。土曜日1時。行きたい、行きたくない?」

「そりゃーヒバリさんとだったらどこでも行きたいですよ!」


にこ、と花のような笑顔を見せ、頷くツナに雲雀は口端を上げるが、彼と休日に出掛けること自体が嬉しいツナがソレに気付く筈もなく。


「…言ったね?その言葉に二言はないね?」


ずい、と顔を近づけ、嫌に威圧感のある笑顔で雲雀が問う。その笑みを見てようやく何か裏があると気付いたツナだが時既に遅し。
彼にはもはやここまで来てしまった彼を前に「NO」を言う勇気を持ち合わせていなかったのだ。


「………何かありますよね。なんですか?」

「ふふ。話が分かる子は好きだよ。」


にやりと笑って親指で隠れていた箇所をツナに見せた。
直後、ツナの絶叫が応接室に響き渡ったのは言うまでもない。



---




「…何だかんだで楽しかったですね恭ちゃん?」

「…そうだね、ツナ子。」


ちりりんと軽やかな鈴の音を鳴らし、二人の少女がケーキ屋から姿を現した。

かたやくせっ毛気味で肩まで伸びたハニーブラウンの髪を揺らし、ノースリーブのベストで並盛中の制服を着ている小柄な少女。

かたや濡れたような漆黒の髪を胸元まで伸ばし、カーデガンで並盛の制服を着る長身の少女。
スカートから伸びるウォレットチェーンが太陽の光を受けてきらきらと輝いている。


「そんなに不貞腐れないで下さいよーっ!!良いじゃないですかケーキ沢山食べれたんですからっ」


端から見れば学校帰りに遊んでる女子生徒そのものだが、会話から察するとおりこの二人は沢田綱吉と雲雀恭弥、少女ではなく、列記とした少年なわけで。


「まさかまたこの格好で人前に出るとは思わなかったよ。ああ、本当屈辱的だ。笹川了平の妹に鳥をヒバドリ呼ばわりされたことくらいの屈辱だ。」

「また微妙な喩ですね。じゃあオレはどうなるんですか。」

「君は可愛いから良いんだよ。」

「きょーちゃんこそキレイですよー?」

「……公衆の面前でレズキスをされたくなければ今すぐやめな。」

「ひぎゃぁあ!!っきょ、ヒバリさんストップ!それだけは勘弁してください!!」


姿が女同士であるにもかかわらず、雲雀はいつものようにツナの腰に手を回し顎を開いた手で固定し、あと数ミリで口がくっつくところまで近づける。
二人ともそこらの女子よりは飛び抜けて人目に付く容姿をしているので目立つことこの上ない。
普段デートをするときも、キスばかりは路地裏や建物の影など人目につかないところでと言っているのに、女の格好なうえ、人通りの多い往来の真ん中でされてしまえばたまったものじゃない。いつも以上にツナの寸止めの手のひらに力が入る。


「ふん。」


どうやら雲雀も流石に本気でするつもりはなかったらしく、わりとあっさりと手を離した。芋虫を噛み砕いたような顔は相変わらずだが。


「大体何かおかしいと思ったんだ。君がやけにあっさりと引き下がったりしたから。やたらと土曜日で良いのか聞き返してきたから」

「自分に都合の良いところだけを読んだ罰ですよ。」


実はこのケーキ屋、普段はカップルを除く女性限定であるため、当初、当然雲雀は以前ゲームセンターに行ったときのようにツナだけを女装させて行くつもりでいた。だが、


「毎週土曜日はカップルもダメになるなんて聞いてない。反則だ。」


そうこの店の売りは毎週土曜日に行なわれるガールズデイによるサービスだ。この日は値段もいくらか割引されるが、女性客しか来店を許されていなかったのだ。
そのあとの惨事といったら想像にかたくないだろう。
泣き脅し、可愛い子ぶりっこ、条件提示、おねだり、だだっ子エトセトラ。
一度首を横に振った雲雀に再び縦に振らせる行為がこれほどまで難しいとは。
プライドというプライドを全てかなぐり捨て、2時間の死闘の末ようやく折れた彼にツナは切実にそう思った。


「…約束、分かってるよね。」

「………はい。」

「言ってみなよ」

「言えと?!アレを言えというんですか?!」

「そりゃあ、誤解していたら困るだろう?」

(むしろ誤解であってほしい)

「ほら、早く。」

「あの、せめてまわりに誰もいないと」

「言え。」

「…に、二週間で…よ、よ、四十八手全部。」


最大限の譲歩で耳打ちを許されたツナは顔を真っ赤にして言った。


「ふふ、分かってるじゃない」

(オレ、絶対何か大切なもの失った気がする。)


もう一度あの、自分を守るために恥もプライドも捨てしてくれた雲雀の女装が見たかった、あわよくばそれで外を歩いてみたかった。そんなささやかな願いのために失うことになる代償はあまりにも大きかった。


「オレ、2週間後に生きてる自信がないです」

「え、何。おもちゃも付けたいの?やらしいね、綱吉は。」

「うぉいっ!!オレマジでぶっ壊れますから!!」

「冗談だよ。僕もそこまでは鬼じゃない」

「さいで。」

「おもちゃは終わった後にたっぷりと使って可愛がってあげる」

(いらない…)

「…とりあえず、そろそろその膨れッ面やめなよ。格好には大いに不満ありだけど、君と出掛けること自体には満足してるんだから。」

「っヒバリさぁんっ!大好きですぅっ!!」

「…君も案外大胆だよね。」


公衆の面前で盛大に抱きつくツナの頭を撫で雲雀はしょうがないねと苦笑した。
この時向かいの店から彼が見ていたことなど、幸せの絶頂の二人が気付く由もなかった。
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