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□lost
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空が、欠けた。


lost


青年は棺の上に居た。
あの時、自分の時が止まったあの日から青年はそこに居た。一人、二人一日に一人ずつ誰かが此処にくる。
喪失の悲しみから解放されない彼らの顔が青年を此処に止まらせた。


‐オレも一緒にいるよ。この終わらない絶望に終止符が打たれるまで…


それが、みんなを残してこの世界から脱落してしまった事への償いになるのなら。
覚悟を決めた矢先、青年の体を白い煙が覆った。


−−−


森の中から景色が一変、気が付いたらかつての自分の部屋にいた。バズーカを片手にポカンと己をみている子供が一人。いや、実際、彼には自分が見えちゃいないだろうが。
青年はその子供の頭をくしゃりと撫で、その場を後にした。


‐あぁ、まさか、入れ替わるなんて、ね。


目の前に広がる懐かしい景色に儚い微笑みを零し、青年は歩きだした。自分の足がどこに向かっているかなど、当人ですら分からない。


‐これからどこへ行こう…


今はただすべてを歩き続ける脚に全てを委ねた。
晴天の下、歩いて行く青年に、影はなかった。


−−−


「幽霊?」


怪訝そうに眉を寄せ、雲雀恭弥は持っていたカップをソーサーに置いた。


「はい、3日程前からでしょうか…2年を中心に話題が持ちきりなっています。外国人の霊が、夜な夜な学校内を彷徨っていると」

「くだらない。今時そんなものを信じる奴がいるなんてね。それに何で外国人?信憑性が無いにも程があるよ。」

「そうですね。いずれにせよ、今のところは危害を受けたという報告はないようですが…」

「ふーん。分かった。良いよ、君たちは適当に放置しておいて。僕が片を付けるから。」

「分かりました。」


深く頭を下げ草壁は応接室を後にした。戻ってきた静寂、雲雀は興味なさげに、窓の外を見た。日が沈み掛け、空が橙に染まる。

幽霊なんて非科学的なもの、それも並盛と全く関係の無い外国人の霊なんて、信じるものもそうだが、見たと騒ぐ者の頭も疑う。
草壁のその報告に関しては、全く興味が無い、

だが、

久々の退屈しのぎになりそうだ。

目にも止まらぬ早さで無造作に机の上に分解し、広げてあったトンファーを組み立て、いつもの場所に仕舞い込んだ。幽霊などに興味もなければまして、その存在を信じているわけでもない、だがいかなる存在であろうと校内の風紀を乱すものは咬み殺す。

雲雀のなかに幽霊だから放っておくという例外はなかった。自分に見えるかは定かではないが、見えようものなら直ぐ様咬み殺してしまおう――と。

楽しみだな。一言そうつぶやき、応接室を後にした。


−−−


今日もまた、一日が終わる。


窓から外を眺める。グラウンドが沈み行く夕日でオレンジに染まっていた。

2‐A

あの後歩き続けた青年は最終的に並盛中学、そして自分がちょうど10年前の教室に辿り着いた。

かつての自分の席、ど真ん中を友達と陣取ったそこは、授業中にあたるリスクがあったが最高に心地良い場所だった。


「おっあったぜ獄寺っ」


背後からの声に青年はびくり、と身を竦めた。
扉を開けて入ってきたのは、顎に切り傷、背中にはバットではなく刀を背負った青年と、気難しそうに眉間にしわを寄せ後に続く銀髪の青年、青年がかつて居た場所にいる筈の山本武、そして獄寺隼人だった。


−…そっか。だからあの時山本しかいなかったんだ…


昨日の不自然な空席の理由を漸く理解し、青年は一人納得したように頷いた。そして、自分の机に腰掛けたまま、青年は二人の様子を何もいわず眺めた。


「ったく…今んな事してる時間ねーっての分かんねーのか。」

「わーってるって。でも、さ。どうしても此処によりたかったんだ。」

「…」


腕を組んだ獄寺が小さくため息を吐いた。こうは言っているが実際彼も同じ気持ちなのだろう。


「此処にオレが座ってさ、一個飛ばして左にお前がいてさ、」

「真ん中にツナがいた」「真ん中に十代目がいらした」


−!


自分の名前をだすと同時に二人の顔が少し曇った。
二人は各々の机に腰掛け、優しくツナが座っていた机に触れた。そこに座っている青年の体には一切触れず、ただ空を切るように擦り抜けた。


「あいつさ、幸せだったんかな。」

「…。」

「マフィアになってさ、たくさん人を殺して、少しずつ仲間を失って、そんでアイツ自身も…」

「なあ、山本…。」

「ん?」

「あの方は幸せだったと思うか?」

「ははっそりゃさっきオレが言ったぜ。」

「オレはあの方を守るために右腕になった。次第に消えていく笑顔を少しでも食い止めるためにも、な。出来る限り同行して、傍にお供していかなるものからも護ってきた積もりだった。
だがっ…オレは肝心な時にあの方をお護りできなかった…」

「…獄寺」

「笑っちまうぜ。何が守護者だ、何が右腕だ…あの方の笑顔すらちっとも護れてねーじゃねーかっ」

「おいっ獄寺っ」

「畜生っ…チクショウ…」


‐泣いて、いる。あの獄寺くんが…


初めて見たかもしれないその光景に、ツナは手を握り締めた。
血は、出ない。ただ、薄い爪が手のひらに食い込むだけ。


「…」


その姿を見て山本も黙り込んだ。彼もまた、涙こそ出ていないが心では泣いていた。


‐山本…獄寺君…


二人を抱き締め届かない声を紡ぐ。


‐オレは不幸じゃないよ、幸せだったよ。二人が居てくれたから…皆が居てくれたから…


住む世界は変わったけれど、たとえ、昔のように笑えなくなっても、青年は確かに幸せだった。

人を殺すのはつらい、デスクワークは数学よりも、リボーンとの勉強よりも疲れる。でも、

何年経っても普段はトラブるメーカーな獄寺、

野球から身を引き、顎に古傷を作り、それでも昔と変わらず笑顔で自分を励ました山本、

何年経っても座右の銘は変わらない了平、

いつもと変わらずいじめられっ子のランボ、

相変わらず群れていると容赦なくトンファーを振り回す雲雀、

そして自分が傷だらけの時にフラリと現れ小馬鹿にして微笑する骸、

そのフォローをする髑髏、

そして、10年たった今でも家庭教師としてそばにいたリボーン…

彼らがいつも傍にいた。
住む世界が変わっても青年は幸せだった。根本的なものは何一つ変わらなかったのだから。


‐だから泣かないで、後悔を感じないで。オレは平気だから。ねぇ、二人とも…。お願い、オレの声を聞いて…


無理な願いなのは分かり切っている。だが、そう願わずにはいられなかった。


「…ツ、ナ…?」

「じゅ、代…目?」

‐!!

「……おまえもか…?」

「なんつーか…なんとなく?さっき聞こえたよな」


“もう泣かないで”って。


同時に出た二人の言葉に、青年は瞠目した。

「アイツもこっちに飛んで来たのか…?」

「はっ、いくら何でも、たとえ幽霊でも十代目が今此処にいらっしゃるはずがねぇだろ。自惚れすぎたっつの。」

「ははっそか。」

「だが、今日だけはそういうことにしておいてやる」

「何だそりゃ」

「おらっ山本行くぜ。グズグズすんな。」

「お前さ、前々から思ってたけどかなり現金だな。てか何処に行く気だよ」

「オレの家だ。こうなりゃオレ達がここで暴れるしかねーだろっ!そのための計画ねんぞっ」

「わーった。作戦会議っつーわけか」

「分かったならさっさと行くぞっ!それに、微かだが足音がする。誰か来るぜ」

「そりゃ、やべーな。」

「おらってめぇさっさと来やがれ」


一切の物音をたてぬよう二人は窓から姿を消した。


−オレに、気付いてくれた…?


もちろん完璧にではない。結局二人には青年が見えなかったのだから。だが二人はオレの言葉を聞いて、口に出して見せたのも、紛れもない事実で、


‐…あ。


不確かなそれが無性に嬉しくて、涙が出た。


‐ははっ…何時ぶりだろう…涙を流して泣いたのは。


初めて人を殺したときも、誰かが死ぬかもしれない傷を負って帰ってきたときも、あんなに良くしてくれた山本の父親が殺されたときも、青年は一度として涙を見せなかった、否、見せることが出来なかったのだ。

マフィアのボスは泣いてはいけないから


‐もう、いいよね。今のオレを咎める者も、ましてや見るものも居ない。


このまま枯れるまで泣き続けてみようか…
ただ、静かに、涙に浮かぶ瞳を閉じた。


「何してんの、そんなところで」


−?!


涙は、一瞬で、止まった。
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