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□御節とお箸の使い方
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御節とお箸の使い方


金箔が飾られた、漆黒の重箱に色取り取りの料理が並んでいる。
辰伶は自室で熒惑と共に、御節を囲み、二人だけの正月を満喫していた。

筍を食べていた辰伶は、山葵をこれでもかと言うほど乗せたかまぼこを食べている熒惑の右手のある違和感に軽く眉を寄せた。


「今気付いたんだが、お前そんな妙な箸の持ち方をして食べにくくはないのか?」


多少の行儀の悪さを承知で、持っている箸で熒惑の右手を指した。


「持ち方?別に、今まで普通に食べてたけど?」


きょとん、と首を傾げ、箸を掴む自分の右手を見た。
熒惑の持ち方は、人差し指と中指で上側の箸を摘み、動かす持ち方だ。そこまでは、さほど違和感はない。
だが、添えられた親指は何故かピン、と妙な方向に立っていた。


「明日は太四老の方々と新年の席を御一緒するのだぞ?失礼のないように持ち方を変えてみたらどうだ?」

「別にそんなのいいじゃん。ゆんゆんはもともと見えないし、時人も、ひじきも、もさもそんな細かいとこまでは見ないと思うんだけど…?」

「見ていようといなかろうと正しい箸の持ち方で食べるのは至極当然のことだ。ていうか貴様遊庵様はともかく、ひじき様や吹雪様の名前ぐらいはちゃんと呼ばんか。」

「…辰伶だってひじきって呼んでるくせに…」

「?!そ、そんなことは良いとして」

「今、思いっきりごまかしたね。」

「と、とにかくだ。正しい持ち方を教えてやるから、お前もそれで食べてみろ。」

「何で辰伶の持ち方が正しいって分かるのさ。」

「オレは昔父上、母上、そして吹雪様に箸の持ち方を矯正されたのだ。だから、間違っているとは思わん。それに、後々恥をかくのはお前だぞ?今のうちに直しておくべきだ。」

「…3人がかりで教えられるほど酷い持ち方してたんだ?」

「そっそんなことはどうだっていいだろう!幼少の頃のオレですら正しい持ち方を習得するのに苦戦したと言うことだ!」


余談だが、幼少時の辰伶の箸の持ち方はほとんど拳を握るのに近い形であった。
その持ち方でも、不自由なく食べれていたところを、スパルタで正されているのだ。
その時泣きべそをかきながら、繰り広げられている練習風景がありありと画綴られた、育児日記が本家の亡き母親の化粧台の引き出しに仕舞われている事を辰伶は知らない。

辰伶はす、と立ち上がり、熒惑の傍へ移った。
そして、一度熒惑の箸を離させ、指を痛みを与えないようゆっくりと曲げ、正しい方を作っていった。

たがが箸の方ぐらいと…零していた熒惑も、なんだかんだ言っても自分のためにわざわざ辰伶が移動してやってくれていることだし、何よりも、右手に感じるくすぐったい感触がそんなに悪いものではなかったので、そのまま、なすがままにされておくことにした。


「……これで、人差し指を添えてだな…まぁ、こんなものだろう。」

「ふーん。」


力の掛かっていない右手を改めて見た。
何処がどう変化したのか正直な話よく分からないが、辰伶が満足げに微笑っているから、多分コレが正しい持ち方なのだろう。


「一度それで食べてみろ。慣れると違和感はなくなるだろう」


そう言って辰伶は元い位置に戻って行った。
熒惑は出来るだけその右手の形を保ったまま、料理に手を伸ばすが、さっきまで自由に上げ下げ出来ていた箸が中々思い通りに動かない。


(む、…摘めない…。)


結局持ち方はは30秒も立たないうちに元の形に戻ってしまった。
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