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□白い箱庭の少年の話
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かの古の男は女性特有の風習に興味があるからと女性の仮面を被って日記を書き連ねたという。

白い紙の中に広がるもう一人の自分の世界。それに魅了された男は日記を書き続け、やがてそれは現代でも知られた古き書物の一つのとしていまだこの世に残り広く人に読まれている。

とある町の一軒家二階の部屋に一人の少年がシャープペンシルを片手に真っ白のノートとにらめっこをしている。

ペン先を近づけて、また離し…意を決するがやはり躊躇うという行為を何度か繰り返した後、少年は人の気配がないのを何度も確認し、ようやく白いノートに文字を連ね始めた。

“○月1日
初めまして、○月1日の私。”

日記にしてはまるで手紙のような書き初めには訳があった。少年、沢田綱吉は女として日記を書くつもりだったからだ。

綱吉には彼是1年ずっと思いを寄せている人がいた。それは可愛いと評判のクラスメートの少女ではなく、畏怖と共に語り継がれている同性の風紀委員長だった。ただの恐怖交じりの憧れがじりじりとした感情を伴う何かに変化するのを戸惑いながらも見てきた綱吉は、初めて抱いた異質な感情にどうすることもできずずるずると底なし沼に引きずり込まれるように雲雀恭弥に恋をしたのだ。こんな感情知られたらだめだ、嫌われてしまう、一人になってしまう。
それを恐れた綱吉は必死になって自分の中の雲雀への思いを誰にも打ち明けることなく隠してきたが、それも1年たつと我慢ができないくらいに苦しくなってしまったのだ。

閉鎖された世界ではあるが、何よりも自由で、何よりも強固な鉄壁を持つ、線の引かれただけの真っ白な世界。そこは今の綱吉にとって唯一の救いの世界だったのだ。自分の望む人間以外の存在をことごとく否定する自分だけの箱庭。そこに綱吉は溢れて窒息しそうな思いを大事に大事に仕舞い込むことにしたのだ。

拙い語彙に何度かうーんと唸りながらも、綱吉はシャープペンシルを動かし続けた。

“今日は風紀週間の1日目でヒバリさんが正門に立つ日だった。
ヒバリさんのいる列に並んだ。声が少しだけ裏返っちゃったけど、おはようございますとも言えた。
目の前でカバンの中身をみられるからヒバリさんが数センチ先のところにいてものすごくドキドキした。
本当は数秒だけのことなんだけど、私にとっては何時間にも思えて足がガクガクふるえたけど、それでも間近にヒバリさんがいて幸せだなぁって思った。
行っていいよと声をかけられたときは思わず変な声で返事をしてしまった。ヒバリさんのことを見すぎてたせいで一瞬声をかけられたことに気付かなかった。恥ずかしい。
カバンを受け取って校内に入ろうとするとねぇ、と呼び止められた。何かなと振り返ると「前がみ折れ曲がってるよ」と笑われた。
恥ずかしくなって思わず逃げた。でも目の前で転んでしまいその時振り返るとヒバリさんはくつくつ声に出して笑ってた。

朝からダメなところを見せちゃうなんて最悪だ…けどヒバリさんの笑った顔を久しぶりに見れたからうれしかった。

今日もヒバリさんすごく格好良くてきれいだった。”

最後の句読点を書いて綱吉は見直すことなくノートを閉じた。
ずっと吐き出したかった思いを吐き出しただけなのだ。見直さなくたって何を書いたかくらい覚えている。それに、こうして自分の抱く思いを目に見える状態にしてしまったのを確認するのはやっぱり少しだけ恥ずかしい。綱吉には自分の書いた日記を見直す勇気はなかった。
直後に部屋に入ってきたリボーンにお休みの一言つぶやいて綱吉はもぞもぞとベッドにもぐりこんだ。

いつも眠りが浅かったり、寝付きにくかったのだが、その日の夜はぐっすりと眠ることができた。
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