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□飼育小屋の兎番長
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そんなこんなで5年生になって早々飼育係になってしまった綱吉だったが、不幸中の幸い、彼はなぜ飼育係が不人気なのか良く分っていなかった。
ダメツナと周りにからかわれ、親しい友達もいなかった綱吉は必要以上に学校を歩き回ることがない。放課後も誰とも話さずすぐさま家に帰って奈々に甘え倒す日々を送っていた。そんな彼がわざわざ5年生が頻繁に出入りする裏庭の飼育小屋になど近づく機会もなければ、兎番長の詳しいうわさなど聞く機会などあるはずない。
当然並小名物として数えられる以上綱吉もその存在自体は知っていたが、精々鶏のチースケと同じようなものだろうと思っていたのだ。飼育係が不人気な理由もよくある、昼休みが減るうえに臭いからなのだろう…その程度にしか思っていなかったのである。

そのため綱吉は担任に連れられて放課後兎小屋に出向いたときはただただその光景に唖然とした。
白い3羽の兎が健やかに藁の上で眠るのをまるで守っているかのように鋭い目つきで警戒態勢を解くことなくこちらを睨みつけてくる黒兎。その光景が綱吉には一瞬兎耳を生やした黒い少年が見慣れない棒を両手に威嚇し来ているように見え思わず首をかしげた。ちょっとばかり想像力が逞し過ぎるのではないか、と。
そんな綱吉に気付くことなく担任は「あの黒い兎が兎番長のヒバリだよ」と教えてくれてようやく綱吉は我に返った。
担任の話によると綱吉の仕事内容は昼休みと放課後に餌と水を変えることと、3日に1度小屋の中を掃除することらしい。

担任が去った後、綱吉は小屋に近づいてまじまじとその様子を見る。物凄い気迫で威嚇をしてくる黒い兎。迂闊に小屋に入ると今にも飛び掛かってきそうだ。だが、綱吉が気になったのは黒い兎だけではなかった。その背後にいる3羽の白い兎。眼が覚めたらしいその兎はどうにも心底おびえた様子でこちらを伺っているように見えたのだ。
それに、担任の言うことが本当であれば二日に一度は清掃しているはずなのに、敷藁は湿気や排せつ物でよれよれになり、糞もあちらこちらに散乱してとても綺麗とは言えない状態だった。
もしかしてこの子達人間が怖いのかな。だから黒い子が一生懸命に守っているのかな。綱吉にはそんな風に思えたのだ。

「こんにちは、おれツナっていうの。今日からえーっと…ヒバリさんとミミちゃん、シロちゃん、ハナちゃんのお世話をすることなったんだよ。」

にこりとあどけない笑みを向け、綱吉はヒバリにあいさつをする。黒い瞳でじっと綱吉を見つめているヒバリはどうやら彼も小屋を荒らすかもしれない部外者だと警戒しているようだ。ふーっふーっと興奮した様子で以前警戒態勢を解く様子はない。

「えーっととりあえずお掃除しないとだよね…。」

彼らの家である小屋は荒れ果てている。とはいっても掃除中に使うためらしい仮小屋も随分と狭いしぼろぼろだ。とりあえずまず引っ越し先を綺麗にしようと綱吉はむん!と腕まくりをし気合を入れた。
箒と塵取りを準備して仮小屋に散乱するかぴかぴに固まった糞や、落ち葉や虫の死骸を全部掃いて綺麗にし、もうよれよれで使い物にならない敷藁を小屋の外に出し焼却炉まで運んで行った。一体どれくらいの間放置されていたのか古い敷藁から立ち込める悪臭に綱吉は思わずいったん敷き藁から離れうえーーーっと深呼吸しにいくことになってしまった。
新しい敷藁は兎小屋の近くの倉庫にあるらしい。えっさほいさと小さな体で意外と嵩のある敷藁を抱えて小屋と倉庫を何往復かしてようやく藁の交換は完了した。湿気と排せつ物でしんなりとしていた古いものとは違い、乾いた草の心地よい香りがする新しい藁はやはり嵩も段違いで、綱吉は一瞬ばふん、とダイブしたい衝動に駆られたが、今はそれどころじゃないと小さく首を振る。
そのあとも何度も躓き、綺麗にしたばかりの藁をあちらこちらにばらまきながらも綱吉はどうに兎たちの引っ越し用の仮小屋の掃除を終わらせた。

仮小屋を綺麗にしたら次は兎たちの引っ越しだ。黒い兎がいまだ警戒心をあらわに白い三匹の兎の前に立ちふさがっている。まずはヒバリの引っ越し作業をしないことには他の兎には近づくことも難しそうだ。

「あのね、今からね、ヒバリさんたちのおうちをお掃除するの。だからちょっとだけお引越ししてもらってもいいかな?」

ヒバリの視線に合わせて綱吉もしゃがみ、ゆっくりとした口調で話しかける。じっと綱吉を見据える黒い目は綱吉に気を許す気配はない。

「そこにいたらね、汚いし、他のうさちゃんたちにも良くないよ。だからお願い、引っ越ししよ?」

ついにはツンとそっぽを向いて他の兎のほうへと行ってしまったヒバリに綱吉はうーんと悩みながらも決心した様にゲージを開ける。昔奈々と動物園に行ったときにふれあいランドで兎の正しい抱き方を教えてもらったことがある。その時の記憶をうろ覚えながらも引っ張り出して、綱吉はヒバリの黒いつやつやした毛並みをしっかりと両手で包み込み、ゆっくりと持ち上げた。

「わっ!…ちょっとヒバリさん…!」

突然人間の手によってだけ上げられ興奮したのか、ヒバリの抵抗は激しかった。げしげしと小さな足でけっているとは思えないほどの強さで綱吉を何度も蹴り、落とさない様に身体を支える腕にがりがりとひっかき傷をつけ思い切り噛み付く。
じわりと綱吉の細い腕に幾重もの赤い線ができ、そのうちのいくつかから血が流れる。痛みに涙を浮かべながらも綱吉はヒバリを一度として落とすことなくさらに抱きしめる力を強めた。

「こわくないよ、こわくないよ。ねぇ、ヒバリさん。誰かに乱暴されちゃったの?落とされちゃったの?でも怖くないよ。オレ、お掃除しに来ただけなんだ。ごはん持ってきただけなんだ。だから怖くないよ。」

一度しゃがみ体制を低くし、ヒバリをつぶしてしまわないように自分の腹部に柔く押さえつけ何度も何度もおでこ、背中からお尻かけてを優しくしっかりと撫で、ヒバリが落ち着くまで同じことを繰り返す。耳には極力触らないように。とても敏感で触るのはあまりよくないと教わったからだ。
ようやく暴れるのをやめたヒバリに綱吉はいい子いい子と背中をなでてやり、狭いけどちょっとだけ我慢してねと仮小屋にヒバリをゆっくりとおろした。
ヒバリが大人しく仮小屋の中に入ったからだろうか、元々大人しい性格の兎だったのか、他の3羽の白い兎たちは最初から抱っこしても特にこれといった抵抗をすることなく引っ越しさせてくれた。

余り狭いところに4匹まとめて押し込んでおくのも気の毒だ。早いこと飼育小屋のほうもきれいにしてやろうと綱吉は仮小屋のもの以上にデロデロヨレヨレになった敷藁をつかむ。つかんだ下から百足が飛び出し来て思わず飛び上がってしまった。

「うぅう…がんばる、もん!」

悪臭がする上に大嫌いな虫がたくさん出てきた古い藁を半泣きになりながらもすべて小屋から撤去する。何時の物なのかまだ桜の散り始めた時期なのに黄色や茶色の落ち葉や腐った葉っぱがたくさん散らばっている。誰かが捨てずに放置したのだろうか、ウサギのえさのビニールの切れ端もある。それら全てを箒と塵取りを持ち出してきてきれいにし、今度はそばに置いてあった一輪車を使ってきれいな藁を運びだし、ようやく飼育小屋の掃除も終わった。

「ごめんね!お掃除終わったよ!いまからおうち帰ろうね!」

一輪車に余った敷き藁を強いて兎4匹を乗せて元の小屋までゆっくりゆっくり押していく。白い三羽の兎は真ん中のほうで固まっていたが、ヒバリはなぜか小屋について兎を下してやるまでずっとずっと綱吉のほうを見ていた。
近くの水道で銀色のエサの皿と水の皿を洗いきれいな水と新しい餌を入れて小屋の隅に並べてやる。おなかがすいていたのか3話の白い兎たちは一目散へと餌へと飛んで行った。
餌をやる前に後片付けも終わらせたのでこれで今日の仕事は終わりだ。あとはかえるだけー!と鼻歌を歌いながらウサギ小屋を後にしようとすると後ろから、くん、とズボンを引かれた。

「?」

どうしたのかな、と振り返ってみると、小さな手足を一生懸命に踏ん張ったヒバリが綱吉のズボンのすそをぐいぐい噛んで引っ張っていた。

「え、え…?ヒバリさん…?」

小屋から出してくれそうにない様子のヒバリに綱吉は戸惑いながらもしゃがみ、ヒバリを抱き上げる。抱き上げたら抱き上げたらでてしてしと足で腕をけられたので仕方なくおろすとまた綱吉が小屋から出て行くのを裾を噛んで阻止する。何度か繰り返しているうちにすっかりウサギたちはヒバリの分を残して餌を完食してしまっていた。それでもまだ足りてないのかそろいもそろってヒバリのために残しておいたらしい餌をぐるぐる囲んでその場から離れない。
そこでようやく餌が足りなかったのかと理解した綱吉はあわててお代わりのエサを銀色の皿にそそぎ、ようやくヒバリに解放され、帰路に就くことができた。
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