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□一番でかい首輪を頼む。
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!こんな犬で大丈夫か。の続編


わん!わん!!!

早朝6時、耳元でささやかれたら耳が幸せになれそうな男声テノールで奏でられる犬の鳴き声というなんとも不快過ぎる音で綱吉の意識は浮上した。枕元には可愛い写真で彩られた『初心者必見!犬のしつけマニュアル』という本が開いたまま放置されてある。どうやら昨日読んでいて途中で寝てしまったらしい。
いくら起こされたからと言ってもこんな朝早くに布団から出たくない。ぐるんと布団を頭までかぶり、ヒバリの声をなるべく聞かないようにする。ぎしりとベットがきしんで、胸に異様な重圧がかかる。ばさりと布団をまくられて男の息が顔にかかった。

「んぎゃ!わかった!分かりましたよヒバリさん!おきます!おきますからやめてください!!!!」

べろべろと顔を舐めまわされあわてて綱吉は雲雀を押しのけ飛び起きた。
構ってくれないと動くまで顔やら手を舐めまわされる。咬まれないだけましとも言えるだろうが、これはこれでいやだ。

「もー…朝からなんですか―ひばりさ、」

寒い中これ以上放置したら家族が駆けつけてきそうだとしぶしぶと綱吉はベッドから起き上がる。部屋の一角。ペットサークルに群れと束縛が嫌いな雲雀を閉じ込めるなんて大それたこととてもできそうになかったため、急きょリボーンに用意してもらった大型のふわふわフィラメント生地のマットと、…ペットトイレ(出来ればこんなもの雲雀の威厳のためにも使いたくはなかったが、精神が完全に犬化したヒバリにはどれだけ教えて、お願いしても人間のトイレが使えなかったのだ)がある雲雀のスペースへ足を運ぶ。てーん、とマットの上に伏せをする雲雀が吠えてツナを呼んでいた。

わんわんと良く聞く普通に吠える声に加え、きゅーん、きゅーん、と甘えるように呼び声も混じり始め、綱吉は腕に出来た鳥肌を掌で擦ってなだめつつ雲雀の前でしゃがみ、視線を合わせた。

「え、と…どうしたんですか、雲雀さん…?」
「わん!」

首を傾げつつ聞く綱吉に対し、雲雀は、一つだけ吠えて、ペットシーツに視線を向ける。

「…。」

ひく、とひきつり、死んだ魚のような目をして綱吉は雲雀の視線の先を追う。
何があったかは…どうか、綱吉の精神衛生のためにも、雲雀の沽券のためにも、何も言わず察してほしい。



「お、結構様になってるじゃん。」

ちょうど正午を回ったころに山本が様子を見に沢田家を訪れた。綱吉に今は間に合わせのベッドとトイレしかないと聞いていたので人脈を駆使して借りてきた大型犬の首輪、知育トイ、水飲み、ご飯用のお皿、などなどを携えて。ここまで来ると順応性どころか悪意すら感じるが、残念ながら山本は本気である。

「様になってるって…どのへん…が?」

憔悴しきった様子で山本の言葉に応える綱吉は現在、雲雀の下敷きになり、あちこちをなめられている。最初は構えと言わんばかりに吠えられていたため、とりあえずマニュアルの通りにお手やらお座りやらしつけようとしていたのだが、いつの間にかのしかかられ、じゃれているのかべろべろと胸元や鎖骨を舐められ今に至る。
朝同様顔中にまで雲雀の舌が到達し、呆然としている間に口の中にまで舌を入れられた時はもう、色々と泣きたくなったのは言うまでもない。

「ははっ随分気に入られてるのなぁー。」

知育トイを片手に山本が雲雀の前に行くと雲雀は敵意をむき出しにわんわん吠えて飛びかかってくる。
どうやら大分警戒心の強い性格らしい。その当たりはきっちり雲雀本人の性格を反映している。
だが、体の構造上は二足歩行ができるはずなのに、ジャンプを試みる時以外は見事に両手を地面から離さないため、残念ながら山本にとっては大型犬と遊んでるくらいのノリでしかとらえられていない。

「ぐるる…!わんっわん!!!」
「お、ヒバリ、これが欲しいのか?」
「うー…わんわん!!」
「そうだなー。んじゃ、とりあえずお座り!!」

びし、と指で地面を指し、しっかりとした口調で命令すると雲雀は、むすり、と釈然としないという表情を見せながらも、両ひざを広げて折り曲げ腰をおろし、そのあいだに両手をつく、いわゆるお座りの体勢を取った。

「わ、山本凄い!」
「ちゃんとできた時はな、こうやって褒めてやるんだ。良い子だな、ヒバリ。やっぱり元が頭いいだけあるのなー」

ぎゅ、と抱きしめて丸い頭をぐりぐりとなでてやると、雲雀は解せぬ、という顔をしながらもなすがままになっている。どう考えてもおかしい絵のはずなのに、山本が本当に大きな犬と戯れている時のように生き生きと楽しそうに笑っているため、本当に雲雀が黒い大型犬に見えてくる。
可笑しい、ここに骸はいないから幻覚は無いはずなのに。

「よし、ヒバリ、お座り、そのままステイ、な!ツナ、折角だし、お前もやってみろよ。小僧に聞いたけど犬慣れするんだろ?ヒバリ、中身は犬だけど見た目はきっと人間のままだからツナでも出来ると思うぜ!」

雲雀をお座りのまま待機させ、ぽーい。とツナに知育トイを投げる。布製の骨の形をしたおもちゃをじっと見て綱吉は考える。黒い大型犬を手懐けようと奮闘するのと、文字通り風紀委員長を手懐けようと奮闘するの、果たしてどちらが怖いのだろうかと。そんなことを考えてしまうあたり自分も大分毒されているな、と綱吉は気が遠くなるのを感じた。
…でも、折角雲雀がこうやって身をもって協力してくれているのだ。せめてお手、お座りくらいはできるようにならないと戻った後に合わせる顔がない。それどころか、もし雲雀がこの間の記憶を持っていたとしたら確実に殺される。
山本が絶対出来るさ、と自信満々に笑ってくれているため、綱吉にも挑戦する勇気が出てきた。

「…ひばりさん…こっち…おいで?」

雲雀を呼び掛け、小さくおもちゃを振って注意を引いてみると、雲雀はお座りを解き、ゆっくりと四つん這いで綱吉の元に近付いくる、きらきらと光る視線の先には綱吉の持つおもちゃ。上手い具合に注意が引けた証拠だ。

「よし、今ゆっくりと近づいてきてるだろ?まずそこでストップさせるんだ。ステイって言ってみな?」
「うん、…ヒバリさん、…ステイ。」

綱吉の中ではジェスチャーも付けてビシッと雲雀に指示を出したつもりだ。現実ではパーをした手を控え目に前に突き出す程度だが。だが、雲雀はそのまで制止することなく、じりじりと綱吉との距離を詰めてきている。

「あれ、…やま、もと…?」

早くも涙目になりながら、綱吉は不安げに山本の方を見る。こんな光景良く公園で見るな、と思いながら山本は苦笑交じりにアドバイスを追加した。

「犬って結構利口でな、飼い主がしっかりしてないと自分で主導権とっちまう性質なんだ。だからツナ、もっと強めに言ってな?」
「うん、。ヒバリさん、ステイ!」

今度は客観的に見てもビシッと言った。確かにビシッと言えていた。だが、雲雀は綱吉の指示をどうとらえたのか、たん、と警戒に床を蹴り、綱吉に飛びついて来た。いくら、目をキラキラと輝かせ、無邪気な子供のような顔をしていても雲雀は雲雀であるため、綱吉の恐怖心は薄れるどころか一気に跳ね上がり、思わず思いっきり避けた。

「ぎゃぁああああ!!!」
「きゃんきゃん!わんわん!わんわん!!!」

尻もちをつき、半ば這うような形で、一生懸命距離を詰めるが、四つん這いでも俊敏に動いて来る雲雀にあっさりと距離を詰められ、ついに壁際に追い詰められた。

「ツナ!そのおもちゃを遠くに投げろ!そしたら雲雀の興味が動くから!多分!」

先ほどのこともあり、もはや自分のアドバイスに自信が持てなくなってきた山本はとりあえず現段階では満点の打開策を綱吉に告げた。だが、残念ながら、恐怖におののいた綱吉が知育トイを手放すのと、綱吉を追い詰めた雲雀が綱吉に向って大分するのは、ほぼ同時だった。

「うわあああんヒバリさん咬まないでくださいーーーー!!!!」

ぐいぐいと綱吉のシャツに噛みついて引っ張り、犬人間対人間の綱引きという何ともシュールな絵が展開される。数分ほど奮闘していたが、どうやら雲雀がその場を制した様で、綱吉を上半身裸に引ん剥いてしまった。そんな二人を見て山本はそういえば子犬って歯がむずかゆいからか良く物を咬むよなぁ傍観に徹する。
綱吉には酷な話だが、今の山本には二人がいつかテレビで見た悪い子な犬が家族の一員である幼稚園児と取っ組み合いをしているシーンと全く同じに見えるのだ。ここまで来てしまうと、いっそ微笑ましいとしか思えない。

「!」

不意に、綱吉で遊んでいた雲雀がピクリと体をゆらし、動きを止める。一体どうしたのか不思議そうに山本は雲雀を見守るが、綱吉は昨日の経験であることを瞬時に悟った。
これは、きっと、あれだ!

「山本今すぐヒバリさんから目をそらしてあげて!お願い!!!!!」
「え?」
「良いから!とりあえず一旦部屋から出てあげて!!!!」

分けが分からず呆ける山本に対し、ててて、と自分のスペースに戻っていく雲雀を視界の端に入れた綱吉はいつになく機敏な動きで起き上がり、乱れに乱れ切ったなりをそのままに山本を部屋から押し出し、綱吉自身も部屋を出る。

「一体なんだよ…。」
「お願い、聞かないで、気にしないであげて。オレもこれだけは流石に守ってあげないと…!」

扉の前にしゃがみこみ、耳までふさぐ綱吉に呆然としていると、部屋の中から何やら金属音が聞こえ、そこに衣擦れの音が続いた。そのかすかな音で山本は苦い顔をし、綱吉を見つめた。

「…今わかったわ。ツナの言いたいこと。」
「後でもう一回変えなきゃ…。」

中で起こっているであろう惨状はどうか、どうか想像しないでほしい。


結局山本と雲雀との特訓も虚しく、日が暮れて漸く綱吉ができるようになったことは雲雀を伸ばした脚の上で大人しくさせることだけだった。
もっとも、それも数秒と持たず、すぐに近くの気になるもの、例えば綱吉の股ぐらに顔を近づけ匂いを嗅ぎだし、綱吉を羞恥心で半泣きにさせてしまうため、きっと成功とはいえないのだろう。
 

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