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□リマークディスコミュニケーション
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右手にありったけの好意。
左手にちょっぴり手抜きをした愛情。
変わらないのはどっちをあげもオレはヒバリさんのことが変わらず大好きだということで、
わざわざ分けたのはオレがちょっぴり欲張りだったから、ただそれだけだった。

バレンタインの1か月前にヒバリさんからチョコレートをくれと無言の訴えを受けた。
言葉したくない時は良く咬む悪癖を持つ彼は右手を取って綺麗に並んだ白い歯が覗く口にくわえて、じっと何かを訴えるかのように見つめられて。時期もあってそこまでされてはさすがにピンと来るものはピンとくる。彼も他の男子たちと同じようにバレンタインのチョコレートを期待して待っているのだと。
有無を言わせない形で始まった付き合いだったけど、オレは確かにヒバリさんのことを好きになっていた。
周りの人間が怖い、と恐れおののく彼の所作を可愛らしいと思えるくらいには、ヒバリさんのことを好きになっていた。
そのチョコレートをねだった野生の獣みたいな恋人はというと、朝もはよからおおっぴらにチョコレートを携えて登校してきた女子生徒や、一足早くにチョコレートを貰った勝ち組気取りの男子から嬉々として不要物とみなして没収し、多少の手加減すらなしに咬み殺して、風紀委員長をやっていた。 チョコレートねだっておいて周りのチョコレートは狩るのか。流石にそれは理不尽ではないかと言いたくもなったが、並盛にいる以上ヒバリさん独自のルールが適用されるのでどうしようもない。人の口に入ることのない、没収箱に入れられた哀れな菓子類を見てオレは小さく合掌した。
まぁそんな女子も放課後単独でヒバリさんに対峙してもう一度咬み殺される覚悟で頭を下げて謝罪とチョコレートの返却を求めたものは反省文5枚という罰則を条件に大人しく返していたので何も言うまい。
授業中は許さないけど、放課後なら妥協してあげる。返しちゃっても良いんですかと小声で聞いたオレにぶっきらぼうにそういったヒバリさんにしてはだいぶ破格の対応だと思うから。
きっとそこにはオレのチョコレートまで没収対象にしたくないというわがままも入っているのだろうが。
オレはというとそんなヒバリさんの比較的大人な対応をぼんやりと見ながら最後の女子が去るのを応接室の中から待っていた。いつチョコレートを渡そうか。そろそろ渡そうか。そうそわそわして鞄に手を差し入れようとした矢先のノック。いい加減ヒバリさんの短い我慢がぷっちんしそうなのがありありと伝わってくる。

「没収したチョコレート全部なくなっちゃいましたね。」
「…群れてこないことは評価してもいいけど…いちいち面倒くさい。取られるとわかってたら出さなければ良いのに。」

残ったのは没収にかこつけて渡そうとしたのかヒバリさん宛てのチョコレートだけだった。綺麗にラッピングされたそれらには目もくれず、ヒバリさんは巡回後の報告に来た草壁さんに没収箱に入った残りのチョコレートの処理を頼み、応接室はようやくオレとヒバリさんの二人きりになった。
小動物、小動物。
甘えるようにオレを指す呼称を呼んで、ヒバリさんはオレの隣に座ってぎゅっと体を抱きしめて首元に顔をうずめた。あたかもヒト型の大型動物かのようにすんすんと匂いを嗅ぎがならごそごそと身体をまさぐる。
性的な意図を持っているわけではない。きっと期待しているのだろう。自分の無言の欲求をオレならきっと答えてくれると。

「そんなところ探してもないですよ。ていうかヒバリさん没収するのに服のポケットに入れるわけないじゃないですか。」
「だって…」

その言葉の続きは紡がれることはなく、ヒバリさんは合いも変わらず意思表示の代わりにちゅう、と首元に吸い付いてあむあむ、はぐはぐと甘噛みを始める。
小さく溜息。元々大して期待はしてなかったけど、予想通り過ぎて、期待を裏切らな過ぎてちょっとだけ複雑だった。ちょっと待っててくださいね。ゆっくり体を押して、むすっと少しだけ機嫌を悪くしたヒバリさんに鞄取りたいんですと窘めて学生鞄に手をのばす。
鞄の中に手を突っ込んで指先に二つの箱があるのを確認する。紫色の包みのそれと、オレンジ色の包みのそれ。そのうちの、紫色の物を通りだしてヒバリさんに向きなおった。大きさは全く同じだ。違うものと言えば…。

「はい、ヒバリさん。バレンタインおめでとうございます。」
「うん。」

よく見ないとわからないけれども、オレから包みを受け取ったヒバリさんはほんのりと顔を赤らめて、表情はそのままふわりと見えないヒバードを周りに出現させていそいそとお茶を入れ始める。チョコレートを要求しておいて甘いものがそこまで得意じゃないヒバリさん自身には苦めに作ったコーヒー。お子様な舌を持つオレには匂いから甘そうなホットチョコレート。普段はミルクティー一択だけど、いつの間にか増えていた高そうな缶は彼なりのチョコレートだったら嬉しいなと思う。
いそいそと開けて興味深げにふたにロゴとチョコレートの内容のカードを見る。生チョコ?と不思議そうに顔を傾げるヒバリさんにはい、と笑顔で答えた。

「ヒバリさんあまり甘いの得意じゃないって言ってたから…あちこちお店回って食べやすい苦さのやつ探してみたんです!」

金曜日と土曜日に京子ちゃんとハルとそれとクロームにお勧めのチョコレート菓子のお店を聞いて、日曜日に丸一日使ってヒバリさんが好きそうなチョコレートを探す旅に出た。
苦めのチョコレートを探していると言えばいくつかに切り分けたサンプルを食べさせてくれるお店もあった。自分は美味し良いけど、ヒバリさんならどうだろう。時たまヒバリさんが選ぶケーキや、普段飲んでいるコーヒーや紅茶の味を思い浮かべながら、あーでもない、こーでもないと選んで、ようやくこれかなというものにたどり着いた。凄い有名なメーカーというわけではなかったけれど、これならきっとヒバリさんもおいしいって全部食べれそうだと不思議な確信が持てた。
じっとチョコレートの箱をながめていたヒバリさんはふぅんといつもの相槌を打って一口目を摘まんでパクリと食べた。
もごもごとゆっくり味わうように咀嚼して、こくん、飲み込んだ後にコーヒーを一杯口付ける。どきどきどき、その一連の動きがどうしてか凄く緊張したオレの鼓動は不自然に高鳴って。今か今かとヒバリさんの反応を待った。
ぎゅぅう。返事の代わりに抱きついて、すり寄って、甘えて。
既製品だったけれど、それを知ったヒバリさんがほんの一瞬がっかりしたようにも見えたけど。それなりに喜んでくれたのにオレは嬉しくて、安堵を覚えて、そしてほんの少しだけ寂しくなった。

ゆっくりとチョコレートを食べて、出された飲み物を飲み干して、日が落ちてきたころにさぁそろそろ帰ろうかと席を立つ。送っていくよと微笑んだヒバリさんにありがとうございますと返してヒバリさんの後に続いて扉をくぐる。
がく、と脚が何かに当たり力が抜け、直後視界がぐん、と揺れた。
扉の段差に足を取られたのか、バランスを崩した身体はゆっくりと前に傾く。最後の最後に決まらないなぁ。受け身を取ろうと手をだしたところで胴体に手を回され重力に従っていた身体は宙で静止した。

「何やってるの。」
「ごめんなさい、躓きました。」

あはは、と苦笑いをしてありがとうございますと言った時、鞄から零れ落ちた何かがとさりと音を立てて転がった。
あ、まずい。そう認識する前にふわりとしたオレンジ色の包み紙の箱が落ちる。何気ないしぐさでオレを支えた手と反対の手でその箱を拾う。
だめ、だめ。これ以上は見ないで、気づかないで。そう願うも宛名のないその包み、オレが好んで使う色に少なくとも自分あてにもらったものではないということを察したヒバリさんの機嫌は急降下。きゅっと口がへの字になって怖い怖い低音でこれ、なにと呟いた。
このチョコレートだってヒバリさんにあげようと思ったものだ。寧ろこっち側をあげることが出来たらいいなぁと思っていた。
だってこれはヒバリさんがチョコレート欲しいって口で言ってくれたならあげようと思っていたものだったから。だから決してほかの人に上げようと用意したわけではない。
誤解を招かないようにそう言おうとして口を噤む。何となく悔しいと思った。ヒバリさんは自分の言葉で言おうとしないで全部動物的な仕草でオレに理解を求める癖に。少しわがまますぎるんじゃないかと不満を抱いてもいいんじゃないかと思った。

「言えないの?」
「…。」

本当のことを言いたくなく、かと言って上手い言い訳も思いつかないオレが出来たことと言えばだんまりを貫くこと、それだけで。オレの反応をどう取ったのか。ヒバリさんはぎっと唇を咬んで。
ごん、と後頭部に走った衝撃に鞄を取り落した。がぶり。キスというよりも噛み付くように口づけられて、実際に唇がぶつんと切れて。左手に握られたチョコレートの箱がぐしゃりと音を立てて形がいびつに歪んで、崩れる音がして。
やめて。やめて。壊さないで。潰さないで。音にならない言葉で抵抗して、暴れて。
それが気に障ったのかヒバリさんはがり、と一撃で首元に出血を伴った歯形を付けてそれを皮切りにどんどんシャツを脱がせて言って口付けていく。
やっ。拒絶の言葉が思わず口から零れた。今までこんなことをされたことはなかった。機嫌が悪いときはたしかに痛い位にしつこく噛み付かれたけど、それでもこんな乱暴に、手加減もなしに触れようとすることはなかった。
はだけられたシャツの下で除く肌は歯形と、赤い小さな何かでいっぱいになっていた。
はぁっ、ヒバリさんの吐いた荒い息がひやりとする廊下で白い気体になってふわりと消える。ずっとオレの身体を見ていたヒバリさんが顔を上げた。ぎらつく鋭い目を真っ直ぐに向けられて、今までシャツを掴んでいた手がベルトとズボンに手をかけた。
そのとき、どうしてか分らないけれど怖くて、逃げ出したくて、ずくんと体が熱くなって、分らなくて。
オレは思わずヒバリさんを思い切り突き飛ばした。

「小動物…」
「それ、それだって、本当はヒバリさんにあげようとおもってた。…あげたかったんですっ…!」

ぐしゃぐしゃに潰れて、いつの間にか落としてしまったのか廊下に転がる包みを見てどうしようもないくらい息が苦しくなって眼の奥がずんと熱くなった。オレは今どんな顔をしているんだろう。いつも仏頂面の癖に驚いた顔でオレのことを見るヒバリさんに居た堪れなくなって、その場にいたくなくて、悲しくて、悔しくて、いろいろな感情が一度に波のようにオレに競りあがってきて。どうしようもなくなって。
結局、鞄も、ヒバリさんも、もう人に渡せそうにないその包みも全部全部置いて、
オレはその場を逃げ出した。

僕のチョコレートは?その一言だけでも良かった。
欲を言うならオレのチョコレートが欲しいって言って欲しかった。
ヒバリさんだってオレのことを好いていて、オレからの何かを待ってるんだって。そう分かる言葉が欲しかったんだ。
そう伝えることすらできないで逃げだしたオレはきっとヒバリさん以上にずるいんだろう。そうおもうとどうしようもなく泣きたくなった。

一人取り残された雲雀はただ呆然と綱吉が走り去った廊下の先を見ていた。最終下校時刻のチャイムに我に返る。鞄も、誰かに上げようとしていた包みも、全部置いて帰った彼にやるせなさを込めたため息をついて、落ちた荷物を拾い上げる。
何となくむかついてくしゃくしゃになったオレンジ色の包みを解いた。もしも他人に渡すものだったとしても知ったことか。宛名がないと思っていたそれは安っぽい薄いピンク箱にぺたりとメモが貼り付けられていた。

『次はどんなのが欲しいか教えてくれると嬉しいです。』

癖のある丸みのある字で書かれた小さな手紙。よく綱吉の勉強を見る雲雀には見慣れた字だった。
寒くもないのに震える手で開けた箱の中には、お世辞にも綺麗とはいえない不揃いの形のトリュフが5つ入っている。
一口食べて口の中でじわりと溶けたそれは自分好みのちょうどいい甘さと苦さだったのに。どうしようもなく心臓が痛くて、苦しくて。
切なげに眉間に皺を寄せたまま雲雀は一人小さく彼の名前を呼んだ。
 

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