Text2

□ワイルドキスマークコミュニケーション
1ページ/1ページ



襟の下がじくじくと痛む。
鏡を見ると右側の首と肩の境界線がじくじくと抉れて流れたはいいが途中で乾いた血が伝い落ちることなくそこに残っている。
今日はけっこう長かったなぁ。
ポイポイと服を脱ぎ捨ててシャワーコックをひねる。
冷水直下は御免こうむるのでバスタブに座り水が温まるのをひたすら待機。シャワーから出る見ずに湯気が出始めたので意を決して中に飛び込んだ。

「いたっ…!」

びりり、と首の下を走った刺激に思わず一人声が出た。シャワーの温水に傷口が染みる。
保健室の消毒液でさえ悲鳴を上げてしまうのだから仕方ない。勢いをつけて落ちてくるシャワーに耐えられるわけがない。
ぎゅっと眉間にしわがよるまで目をつむり、しんとーめっきゃくを呟きながら頭を洗い、体を洗う。
湯船には到底入れそうにもない。暖かいお風呂が恋しいこの季節にシャワーだけは少しだけ寂しいが今回はまた今度ねと後ろ手を振った。

咬み殺す、が口癖のオレの恋人はよく咬みます。
きっと、普段の生活でも、出されたご飯を何度も何度も噛んで唾液と混ぜ合わせて、ぐちゃぐちゃにした後に飲み込むという作業を根気よくゆっくりやるんだろうけど、オレの恋人はよく咬みます、咬みつきます。

人間にしてはあまりにも野性的な悪癖。初めて彼の癖を知ったときは本当にあせって何度も何度も窘めて病めてもらおうとしたけども、残念ならがヒバリさんは相も変わらずよく咬みます。
横向けにすればさながら獣が交尾の体勢に入るときの様に後ろからびたんと壁に押し付けられて、かりかりと耳をかじりながら僕の物になってと半ば脅し交じりでヒバリさんのものになってから、今の今までこれといった喧嘩もトラブルもなく毎日毎日放課後にヒバリさんの待つ応接室へと足を進める日が続く。

僕の物になって、その言葉の中には多かれ少なかれの愛情も入っていたのか、ヒバリさんのそばにいるようになってから遅刻や風紀違反以外での咬み殺しはほとんどなくなった。それでも口よりも手が出るヒバリさんは、言いたいことに詰まると言葉よりも、手よりも何よりに先に口が出るようになった。

この日は応接室に入るなりむすっと口をへの字にしたヒバリさんに迎えられて、有無を言わせずこっちにおいでとソファーでヒバリさんがオレを膝に乗せて座って、顔をうずめて、そのまま放課後のチャイムが鳴るまでかじかじと右の首筋に歯を立てて噛んでいた。
しつこくしつこく同じところを何度も噛まれ、ぷつっと皮膚が切れる嫌な感触がした。
痛いです、やめて、許して、やめてください。
何度そう言って身をよじってもそのたびにぎゅうううと息が止まるくらいの強さで両手で体を締め付けられオレのささやかな抵抗でさえねじ伏せて、かじかじと首の舌をかじる。
腕よりも皮の薄い首筋を人体で一番固い歯をもってしても一撃で咬みちぎ切られなかったということは、多少は加減はしてくれているのかもしれない。
だけど何度も何度も同じ場所を爪で掻いていればいずれは赤くなって皮が破れて血が出るのだ。何度も何度も噛まれた薄い皮が歯形だけですむはずがない。

きっとヒバリさんは怒っていたのだろう。思い当たることと言えば応接室に来る前に京子ちゃんと立ち話をしていたことだろうか。いつどこでどうやってそれを知ったのかは謎のままだけど。

ヒバリさんと付き合って1か月。毎日毎日どこかを咬まれて、食まれて過ごしていたら多少なりともヒバリさんの感情の波が把握できるようになった。

皮膚が薄く血が出やすい首もをと後ろから何度も何度も噛むのは多分きっとヒバリさんが怒ったとき。
咬まれる前後で口がへの字になっているからきっと怒った顔を見られたくないからだろう。
落ち着いてきたときはくるんと体を反転させられて唇と下で咬んで血だらけになった場所を吸って舐めて少しずつささくれたった気分を元に戻していた。

真正面から低い鼻をがぶっと咬まれるときは多分きっと構って欲しい時。
いつも執務で呼び出されたオレを放置する癖に、オレがうっかり眠りこけちゃったときや、平和だなーとぼーっとしているときに、いきなり真正面に回り込んできてるでキスをするかのように鼻に被りつく。
意識が半分くらいお出かけしているときの一撃で、オレは相当間抜けな顔をして、素っ頓狂な声を出すようで、痛みに我に返ったとき、いつもヒバリさんの満足げな笑みを真っ先に認識する。

頬を咬まれるときは多分きっと退屈な時
何かをしたいとオレもヒバリさんも表だっていうことはない。ヒバリさんはどうかわからないけど、オレは何もしないで応接室でグダグダだらだら過ごすのも気に入っている。
執務が終わって一息ついた後、これと言ってやることもなくヒバリさんの仕事を眺めていたオレの横にヒバリさんは歩いてきて腰かけて、やんわりと頭と顎を大きくてうっすらと豆のある手で固定してあむあむと頬を甘噛みするのだ。
人より頬の肉が多くふっくりと丸く柔らかいらしいオレの頬は、ヒバリさんにとっても咬みやすく、また加減もしやすいらしい。
血が出ることはないけども、満足したヒバリさんがようやくオレを解放して帰るよと声をかける時には、オレの頬はヒバリさんの唾液でべったり濡れていて、よく見ると薄い歯型がついていた。

歯を使わずに唇でオレの口を食むときは多分きっと彼なりの愛情表現…なのかもしれない。
いわゆる大人のキスみたいにべっといきなり舌を差し込んでくることはないけれど、綺麗なヒバリさんの顔の近さと、人体のやわっこい部分で食まれる心地よさにとろんと蕩けたときは嬉しそうに目を細めて唾液だらけの唇をぺろりとなめて綺麗する。
余力があるときはオレもヒバリさんの頭に手を伸ばし髪の毛を指に絡めて遊ぶ。
擽ったそうに時折ふふ、っと笑いをこぼすけれど嫌がったそぶりは一度もなかった。

獣のような生き方をするこの人は、人より頭がいいくせに、言葉を使っての複雑な意思表示のやり方はよくわからないようで。手よりも、言葉よりも先に口が出る。

さて、後1か月そこらで聖なるチョコレートの日が来るようでクラスの女子はにぎわい始めたけど、ヒバリさんの咬み方にも新しいパターンが追加されたみたいで。

右手を取って何かを訴えるように見つめ、指を咬んだり、舐めたりする彼の行動には、一体どんな意味があるのだろうか。

実は超直感が仕事したおかげで何となくわかってはいるけれど、
細やかな意地悪で気づかないふりをしてやろうかと、彼の頭を撫でながらぼんやりと悩み始めている。





大きな動物のようなヒバリさんも嫌いじゃないけれど、
そろそろ言葉を使うことを覚えてほしいのです。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ