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□≠identical
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その一ヵ月後、手合せをしに恭弥が普段いる屋上へ向かうと彼はめずらしく誰かからの手紙を読んでいた。
誰かからの、と言ったが差し当たり告白の呼び出しだろう。


「珍しいですね。いつもは読まずに渡してくるのに。」

「ふふっだって見てよこれ」


笑いを堪えながら恭弥は手紙を投げて寄越す。開いてみるとそれは、何とも言えない状態だった。
名乗り出を含めて4行の手紙は何度も消したのか薄い筆記跡が幾重にも残り、力が入りすぎたのかあちらこちらに皺が寄り、パニックを起こしてさらに力んだのか一部が破れて…とにかく折角シンプルで落ち着いた便箋を用意したのに勿体ないという惨状だった。

綺麗なものを用意できなかったのはきっと疑う余地もなく残りの紙も同じように、いや、それ以上な惨状にしてしまったからだろう。


「…それほど気持ちが詰まっているということじゃないですか。」

「だからってこれはないでしょ。一瞬呪いかと思ったよ。それに見てみなよ差出人。本当有り得ないから。」


言われるままに封筒を裏返してみると、意外なことに男子生徒からのものだった。


「…沢田綱吉…ですか。確かあなたと同じクラスでしたよね。」

「知らないよ。授業なんか出てないからね。とりあえずいつも通り君が行ってよ。」

「はいはい。」

「楽しみだな。もし区別できなかったらこれ貼りだしてやろっ。」


悪戯を思いついた子供のような笑みで言った彼は、間違いなく本気だった。

その日の放課後、どうせやるなら徹底的にという恭弥の提案で髪を編み込み短く見せ、衣服も完全に入れ替えた。こうしてしまえば外見は恭弥そのものだった。


「分かってるよね、風。告白の時は、」

「相手が用件を言い終えるまでは話さない、でしょう?」

「…よろしくね。」


自分の役目は終わったといわんばかりに踵を返す彼に私は声を掛けた。


「…どうしたの?」

「彼の話以降私はこの遊びから降ります」

「…そう。いまさら罪悪感…ってわけじゃないみたいだね。」

「…ええ。ただ疲れてしまっただけです。」

「…分かった。」


怒っているでも失望してるでもない、あっさりとした了承を残して彼はその場を去った。






約束の放課後4時30分。一足早く私は指定された屋上に来ていた。未だ沢田綱吉が姿を見せる気配はない。すっぽかしたわけではないようだ。彼は確かに屋上には来ているのだから。


(恥ずかしがっている…のでしょうか。)


なんせラブレター一つも落ち着いて書けないようだから。怖じ気付いて出てこれないということも十分考えられる。


(仕方ないですね。ルール違反にはなりますがこのままでは埒が開かないですから)
「隠れていないで出てきたらどうなの?」


恭弥の口調を真似て、扉の向こうに声を掛けた。ばれてないと思っていたのだろうか、向こう側にいた気配がびくりと跳ねる。それでも出てくる様子はなかった。


「…来ないならこっちから行くけど」


待つのが嫌いな彼ならきっとこう言うのだろう。
少し怒りをこめて言ってみると扉の向こうの彼は悲鳴混じりに謝りながら飛び出してきた。


「あ、あの、…こんにち、は…?」

「やぁ。君でしょ。僕を呼び出したのは。それで、用件は何?」


小さな子供。おそらく同い年だろうが彼を見てそう思った。気まずそうに視線を泳がせながら口籠もる彼を見守る。
その時の言葉も恭弥口調。ときどき分からなくなる。私は一体“誰”なのか。


「ごっ、ごめんなさいっ!」


暫らく何も話さないかと思えば急にがばりと大げさな素振りで頭を下げて謝りだした。本当に怖じ気付いてしまったのか、何度も謝り続ける子供に私は柄にも無く戸惑いを感じた。


「お、落ち着きなさい…何を謝ってるの」


思わず一瞬素に戻ってしまった。困り果てて様子を見てると彼は相当動転してるのか、吃りながら言う。


「本当にごめんなさいっ!だってオレ…手紙、相手…間違え…!」

「…え、」


とぎれとぎれになっていた彼の言葉に私は思わず顔を上げた。だってそうでしょう?彼が今まで謝っていた理由は逃げるためじゃなかったのだから。
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